「……だから、今でもあの音がダメなんです。雷も、怒鳴り声も、皿が割れる音も……。あの夜の全部が、一気に押し寄せてきて」

「──それで、家を守るのは自分の役目だって、そう思うようになったのか」

 そう言いながら、結城さんは震える私の手を、そっと包み込むように握った。
 驚いて顔を上げると、彼のまっすぐな視線とぶつかった。

「……もしかして、それがダブルワークをしてる理由?」

 私は手を引こうとした。けれど、彼は離してくれなかった。
 ──お金の話になると、ちょっとだけ構えてしまう。同情されるのは、好きじゃない。

「……たいした理由じゃないです。みんな何かを選んで生きてるだけ。選ぶってことは、何かを捨てるってことだから」

 少し視線を落としてから、苦笑を浮かべた。

「私、かわいそうな人みたいに思われるの、苦手なの。誰かに納得してもらうために、頑張ってるわけじゃないから」

 結城さんは何も言わなかった。
 ただ、じっと私を見つめていた。

──そして、そっと手を伸ばしてきた。

 指先が、私の頬に触れる。
 少しだけ熱を帯びた、優しい温度。