氷壁エリートの夜の顔

 私は、嫌な予感を打ち消すように首を振った。
 大丈夫。ノイズキャンセリングイヤホンをつけて布団に潜れば、きっと──いつものように、やり過ごせる。

 それにしても、寒い。日本海から吹く風はコートの裾を揺らし、容赦なく肌を刺してくる。午後の空はすっかり鉛色に沈み、遠くの山並みにはうっすらと雪の気配すら感じた。

 なんとなく、胸がざわつくような空気だ。

「どこかで夕食を済ませてから宿へ向かいましょうか」

 隣で結城さんが、そう言った。

 私はまた空を見上げる。雨は少し弱くなっていたけれど、厚く垂れこめた雲は、むしろ深まっている気がする。
 本当は、地元の料理を出してくれる庶民的な店を調べてあった。
 でも……この空の下に、これ以上いたくなかった。

「いえ、今日はもう戻って休もうと思います」

 できる限り自然に、オフィス用の笑みを添えてそう答えた。

「結城さん、もしお食事されるなら……古美多に少し似た雰囲気のお店を見つけておいたので、地図をお送りしますね」

 彼は私の顔を一瞬だけ見てから、静かに言った。

「わかりました。僕も、先にチェックインしてから行こうと思います」