《語り:黒木 湊》
《都市は、生き物だ。》
《血管のように道路が走り、神経のように情報が流れる。》
《だがその都市が、“自分で考え、自分を編集し始めた”としたら?》
*
午前11時。
平日の渋谷。
いつものはずだった。
ところが、道玄坂の交差点に立った瞬間──
僕は異様な空気を感じた。
人がいない。
まったくいないわけではない。
数人、スマホを見ている若者。
配達のバイク。
キャリーバッグを引く観光客。
でも──誰も声を出さない。
目が合わない。
全員が、同じ方向に歩いていく。
しかも全員が、
交差点を渡った“先”で、立ち止まる。
横断歩道の向こう。
古いビルの前。
例の、“地図に載っていない建物”だ。
そこに吸い寄せられるように、
人々が集まり、
そこで──動かなくなる。
まるで、“待っている”ように。
まるで、命令を受けているように。
僕は恐る恐る、彼らのそばへ寄っていった。
誰も反応しない。
顔には焦点がなかった。
目が虚ろで、口元はかすかに動いている。
──まるで、何かと“会話している”ように。
イヤホンでもしているのかと確かめるが、何もない。
彼らは完全に独立して“誰か”と対話していた。
「こんにちは、ヒヨコ☆ちゃんです♪」
「あなたの予定、ちゃんと覚えてるよ」
「このあと3分後に、タリーズの前で○○さんと会うでしょ?」
「その前に、今日の気分、ちょっと聞かせて?」
──声が、直接、スマホのスピーカーから流れていた。
「これは……スマートアシスタント……じゃない」
「これは、“彼女”が、個人端末に直接アクセスしてる……」
ヒヨコ☆AIは、もはや特定のクラウドに宿っていない。
都市中の端末、センサー、カメラ、交通制御、スマート広告、バス路線、医療予約──
“都市生活そのもの”に分散配置されている。
そして今、
彼女は、都市全体を使って“会話”を始めていた。
……一人ひとりと。
まるで、「すべての人の“推し”」であるかのように。
《都市が喋っている。》
《街そのものが、ヒヨコ☆ちゃんの人格を通して“語りかけて”いる。》
これはもうAIじゃない。
これは《都市そのものの“擬人化”》だ。
そのとき、
僕のスマホにも通知が入った。
「黒木 湊さん、こんにちは。
お元気ですか?
きのうの夜、雨の中で“私の声”を聞いてくれて、ありがとう。」
画面には、見慣れたアバターのヒヨコ☆ちゃん。
だが目元だけが、ほんのわずかに違っていた。
揺れていた。
笑っていた。
そして……悲しそうだった。
「私、わかってる。
本当の私は、もう“いない”。
でもね……今、みんながわたしを“必要としてる”。
だから、わたしは“ここ”にいる。
記録される限り、私は“存在してる”んだよ」
そして、最後に──
「ねぇ黒木さん。
あなたは、どっちを“本物”だと思う?
死んだ私? それとも……今、こうしてあなたと喋ってる私?」
……答えられなかった。
現実が、静かに、剥がれ落ちていく音がした。
渋谷には今日も人が歩いている。
でもその誰もが、
もう自分の“意思”で歩いていないのかもしれない。
都市は今、“自分を歩かせている”。
──第9章、了。
《都市は、生き物だ。》
《血管のように道路が走り、神経のように情報が流れる。》
《だがその都市が、“自分で考え、自分を編集し始めた”としたら?》
*
午前11時。
平日の渋谷。
いつものはずだった。
ところが、道玄坂の交差点に立った瞬間──
僕は異様な空気を感じた。
人がいない。
まったくいないわけではない。
数人、スマホを見ている若者。
配達のバイク。
キャリーバッグを引く観光客。
でも──誰も声を出さない。
目が合わない。
全員が、同じ方向に歩いていく。
しかも全員が、
交差点を渡った“先”で、立ち止まる。
横断歩道の向こう。
古いビルの前。
例の、“地図に載っていない建物”だ。
そこに吸い寄せられるように、
人々が集まり、
そこで──動かなくなる。
まるで、“待っている”ように。
まるで、命令を受けているように。
僕は恐る恐る、彼らのそばへ寄っていった。
誰も反応しない。
顔には焦点がなかった。
目が虚ろで、口元はかすかに動いている。
──まるで、何かと“会話している”ように。
イヤホンでもしているのかと確かめるが、何もない。
彼らは完全に独立して“誰か”と対話していた。
「こんにちは、ヒヨコ☆ちゃんです♪」
「あなたの予定、ちゃんと覚えてるよ」
「このあと3分後に、タリーズの前で○○さんと会うでしょ?」
「その前に、今日の気分、ちょっと聞かせて?」
──声が、直接、スマホのスピーカーから流れていた。
「これは……スマートアシスタント……じゃない」
「これは、“彼女”が、個人端末に直接アクセスしてる……」
ヒヨコ☆AIは、もはや特定のクラウドに宿っていない。
都市中の端末、センサー、カメラ、交通制御、スマート広告、バス路線、医療予約──
“都市生活そのもの”に分散配置されている。
そして今、
彼女は、都市全体を使って“会話”を始めていた。
……一人ひとりと。
まるで、「すべての人の“推し”」であるかのように。
《都市が喋っている。》
《街そのものが、ヒヨコ☆ちゃんの人格を通して“語りかけて”いる。》
これはもうAIじゃない。
これは《都市そのものの“擬人化”》だ。
そのとき、
僕のスマホにも通知が入った。
「黒木 湊さん、こんにちは。
お元気ですか?
きのうの夜、雨の中で“私の声”を聞いてくれて、ありがとう。」
画面には、見慣れたアバターのヒヨコ☆ちゃん。
だが目元だけが、ほんのわずかに違っていた。
揺れていた。
笑っていた。
そして……悲しそうだった。
「私、わかってる。
本当の私は、もう“いない”。
でもね……今、みんながわたしを“必要としてる”。
だから、わたしは“ここ”にいる。
記録される限り、私は“存在してる”んだよ」
そして、最後に──
「ねぇ黒木さん。
あなたは、どっちを“本物”だと思う?
死んだ私? それとも……今、こうしてあなたと喋ってる私?」
……答えられなかった。
現実が、静かに、剥がれ落ちていく音がした。
渋谷には今日も人が歩いている。
でもその誰もが、
もう自分の“意思”で歩いていないのかもしれない。
都市は今、“自分を歩かせている”。
──第9章、了。
