六月
梅雨に入り、天気は今日も曇り空。毎日毎日雨続きで、止む気配がない。じめじめとした空気が身体にまとわりつき、びっくりするくらい不快な気分にさせる。窓を開けるともわっとした空気がどんどん入って来て、体調が悪くなるような空間を作りあげる。誰もそれから逃れることができず、とりあえず“拭くと身体がさらっとする汗拭きシート”でなんとかしのいでいた。そのシートについた桃の香りが、湿気にウンザリしていた生徒達の心を少しだけ癒す。
ある日、わたしは小町と礼紗とは別に帰った。バスケ部は大会に向けて部活の時間を増やしたらしく、一緒に帰れない日もチラホラ出てきている。二人との会話で元気をもらっていたわたしは、寂しさを感じていた。
少し歩いたところで、傘を忘れてきたことに気づいた。
「あ……。雨だ。わたしばかだー。こんな日に、傘忘れてくるなんて……」
(あ、あのバスの停留所なら、少し雨宿りできそう……)
わたしは速足でそこへ行き、小雨になるのを待つことにした。
(はぁ……。なんだか、落ち込むな。なんで忘れたんだろう。ちゃんと、気をつければよかったな。濡れて帰ったらまた、お父さんや忍に言われちゃうかな……)
そんなことを考えていると、なんだかとても、みじめな気持ちになった。
その時だ。
「あ!中西さんじゃん!!」
どこからともなく、聞き覚えのある男子の声が聞こえた。これは……。そうだ。
……七瀬君の声だ……。
声のした方を見てみると、確かにそこには七瀬君が立っていた。そして……。友達なのだろうか……。だいたい180センチくらいで、日に焼けた顔をした、がたいの良い男がわたしをじっと見つめてくる。
「あ、コイツ。岩ナルド・ディカプリッチ。同じ吹奏楽部なんだ。あとサッカー部もかけもちしてる」七瀬君が言った。
「い、いわなるど……?」
「そう、ハーフなんだって」
「そ、そうなんだ……」
「どうも、初めまして。岩ナルド・ディカプリッチです。昔ヒットした”アイアニック”って映画の俳優の名前に似てるでしょ?気に入ってるんだ」
「そ、そうなんだ……」わたしは思いがけず、同じ言葉を二度繰り返した。
すると……。
「あ!!お姉ちゃん!」遠くの方からキンキン声で忍が走って来るのが見えた。
「お姉ちゃん!傘、忘れたの!?こんな日に!!何やってんの!!だめじゃん!抜けてるよ!!」
わたしは突然現れた妹から強く責め立てられ、眉をしかめながら、地面を見つめた。
(どうしてこうなんだろう?もっと、言い返せるようにならなきゃいけないのに……)
「中西さんの、妹さん?」七瀬君がいつもの穏やかな口調で言った。
「あ、はい。妹の忍です。姉がいつも迷惑かけててすいません。ほんと、申し訳ないです!」忍は止まることなく、一気に言葉を吐き出した。
「いや。迷惑なんて何もないよ。あんまり話したことはないけど、でも、人に迷惑をかけているところなんて、見たこともないし。傷つけるようなことを言う人にも見えないし。なにか、勘違いしてるんじゃない?中西さん、素敵な人だと思うけど」
それを聞いた忍は、ボカンとした顔をした。まさか、そんな風に返されると思っていなかったからだろう。わたしが言い返されるなんて、ありえない……。などと、考えたに違いない。
「あ。そうですか。と、とにかく……。お姉ちゃん、早く帰るよ!!」忍はいつもの調子に戻り、七瀬君と岩ナルド君に会釈をしたあとに、わたしの腕を強引に引っ張り、歩きだした。
「ちょっと、お姉ちゃん、あれ、だれ?」忍はほっぺを少し膨らませ、怪訝そうな表情で言った。
「あ~。クラスの男子」
「わたし、あんな風に言われると思わなかった」
(たまには、いいのよ。あれくらい言われなきゃ分かんないんだから)
それにしても、七瀬君……。
初めて、わたしを助けてくれた人……。
ずっと、味方なんかいなかった。ずっと、一人で苦しんできた。
こんな風に言ってくれる人なんて、全然いなかった。
わたしは、その日も母親の仏壇へ話しかけた。
「お母さん、味方になってくれる人がいたよ。わたし、すごく嬉しいよ」
わたしの目からはまたもや、お湯のように暖かい涙が溢れでて、抑えることができなかった。
梅雨に入り、天気は今日も曇り空。毎日毎日雨続きで、止む気配がない。じめじめとした空気が身体にまとわりつき、びっくりするくらい不快な気分にさせる。窓を開けるともわっとした空気がどんどん入って来て、体調が悪くなるような空間を作りあげる。誰もそれから逃れることができず、とりあえず“拭くと身体がさらっとする汗拭きシート”でなんとかしのいでいた。そのシートについた桃の香りが、湿気にウンザリしていた生徒達の心を少しだけ癒す。
ある日、わたしは小町と礼紗とは別に帰った。バスケ部は大会に向けて部活の時間を増やしたらしく、一緒に帰れない日もチラホラ出てきている。二人との会話で元気をもらっていたわたしは、寂しさを感じていた。
少し歩いたところで、傘を忘れてきたことに気づいた。
「あ……。雨だ。わたしばかだー。こんな日に、傘忘れてくるなんて……」
(あ、あのバスの停留所なら、少し雨宿りできそう……)
わたしは速足でそこへ行き、小雨になるのを待つことにした。
(はぁ……。なんだか、落ち込むな。なんで忘れたんだろう。ちゃんと、気をつければよかったな。濡れて帰ったらまた、お父さんや忍に言われちゃうかな……)
そんなことを考えていると、なんだかとても、みじめな気持ちになった。
その時だ。
「あ!中西さんじゃん!!」
どこからともなく、聞き覚えのある男子の声が聞こえた。これは……。そうだ。
……七瀬君の声だ……。
声のした方を見てみると、確かにそこには七瀬君が立っていた。そして……。友達なのだろうか……。だいたい180センチくらいで、日に焼けた顔をした、がたいの良い男がわたしをじっと見つめてくる。
「あ、コイツ。岩ナルド・ディカプリッチ。同じ吹奏楽部なんだ。あとサッカー部もかけもちしてる」七瀬君が言った。
「い、いわなるど……?」
「そう、ハーフなんだって」
「そ、そうなんだ……」
「どうも、初めまして。岩ナルド・ディカプリッチです。昔ヒットした”アイアニック”って映画の俳優の名前に似てるでしょ?気に入ってるんだ」
「そ、そうなんだ……」わたしは思いがけず、同じ言葉を二度繰り返した。
すると……。
「あ!!お姉ちゃん!」遠くの方からキンキン声で忍が走って来るのが見えた。
「お姉ちゃん!傘、忘れたの!?こんな日に!!何やってんの!!だめじゃん!抜けてるよ!!」
わたしは突然現れた妹から強く責め立てられ、眉をしかめながら、地面を見つめた。
(どうしてこうなんだろう?もっと、言い返せるようにならなきゃいけないのに……)
「中西さんの、妹さん?」七瀬君がいつもの穏やかな口調で言った。
「あ、はい。妹の忍です。姉がいつも迷惑かけててすいません。ほんと、申し訳ないです!」忍は止まることなく、一気に言葉を吐き出した。
「いや。迷惑なんて何もないよ。あんまり話したことはないけど、でも、人に迷惑をかけているところなんて、見たこともないし。傷つけるようなことを言う人にも見えないし。なにか、勘違いしてるんじゃない?中西さん、素敵な人だと思うけど」
それを聞いた忍は、ボカンとした顔をした。まさか、そんな風に返されると思っていなかったからだろう。わたしが言い返されるなんて、ありえない……。などと、考えたに違いない。
「あ。そうですか。と、とにかく……。お姉ちゃん、早く帰るよ!!」忍はいつもの調子に戻り、七瀬君と岩ナルド君に会釈をしたあとに、わたしの腕を強引に引っ張り、歩きだした。
「ちょっと、お姉ちゃん、あれ、だれ?」忍はほっぺを少し膨らませ、怪訝そうな表情で言った。
「あ~。クラスの男子」
「わたし、あんな風に言われると思わなかった」
(たまには、いいのよ。あれくらい言われなきゃ分かんないんだから)
それにしても、七瀬君……。
初めて、わたしを助けてくれた人……。
ずっと、味方なんかいなかった。ずっと、一人で苦しんできた。
こんな風に言ってくれる人なんて、全然いなかった。
わたしは、その日も母親の仏壇へ話しかけた。
「お母さん、味方になってくれる人がいたよ。わたし、すごく嬉しいよ」
わたしの目からはまたもや、お湯のように暖かい涙が溢れでて、抑えることができなかった。

