こちら元町診療所

その名前を聞いただけで、簡単に
心が壊れそうになる‥‥。


「‥‥昔ッ‥の‥恋人です‥。」


こんな事を先生に伝えたくもなかったし、なんなら他の誰にも彼と私の事を
知って欲しくない‥。


病院に来たのは本当に偶然だと思う
から彼が悪いわけではないけれど、
診察が終わっても尚、私を探して
いたのは何故なのだろう?


別れる時、あっさり私の事を突き放して捨てたあの表情を今でも覚えてる‥。


でも、さっきは久しぶりに会えた懐かしい人へ向ける嬉しい気持ちが見えるような笑顔や態度に違和感を覚えた。


『‥‥‥なんとなくはそうかなと
 思ってたよ。念の為、今日の帰りは
 俺が送るよ。いいね?』


頭をポンポンとされると、腕をグイっと
引かれて先生の腕の中に閉じ込められる


「ッ!先生‥誰か来たら困ります!」


いつもよりなんとなくキツく抱き締め
られている感じはするものの、やっぱり
どうしようもなく心がほぐれて温かい
体温に力が抜けてゆく。


でもこんなところを師長さんや看護師さん達に見られたらやっぱり怖すぎる!!


『約束だろ?‥‥さっきは本当に
 心配したから許して?』


「‥‥‥仕事中にご心配をおかけして
 すみません。でも‥もう大丈夫です
 から。」


『大丈夫じゃないって言ってもいいよ。
 その代わり甘える相手は今後も俺
 だけならね?』


いつもは落ち着いた大人の男性なのに、
時々見せる子供のような態度に、いつもなら呆れるところだけど、今はその感じ
が逆にありがたかった。


医事課に戻ると課長が電話番をして
くれていて、何か言いたそうな雰囲気
だったけど、食堂に行ってもらった。


課長のことだからお姉ちゃんにきっと
今日のことを言ってしまうと思う‥‥。
だからこそ大丈夫だという姿を課長
にはなるべく見せたかったのだ。


お弁当を食べる気になれなかったけど、
ここで食べておかないとまた心配されて
しまうから少しだけでも胃に入れた。


みんなが休憩から戻り、浜ちゃん達にも
謝りなんとか午後をやり過ごすものの、
彼のことは頭の片隅から離れることは
なかった。


だいぶ強くなったと思ったんだけど、
全然成長出来てなかったんだな‥‥。



『やっちゃん‥お疲れ様。
 あの‥‥翠には今日のことはまだ
 言わない‥‥。でも困ったらすぐ
 相談してくれるかな‥‥。』