こちら元町診療所

体を屈めて下から私を見上げると、
拒む隙間もないまま顔が近づき、触れる
だけのキスをされてしまった。


「ッ!!」


し、信じられない!!
本当に何を考えてるのよ!!


慌てて両手で口元を押さえながらも、
キョロキョロと辺りを見渡す。


後方でみんながワイワイ騒ぐ声は
聞こえるけれど、怖くて振り向く
事さえ出来ない。


『叶先生ーー!!こっち来て
 下さいよ!!』

『ありがとうございます。すみません
 少し酔ってしまったみたいで、
 休んでから行きますね。』


えっ!?


『えー大丈夫ですか?』

『酔い止めを飲んだので、少ししたら
 落ち着きますから。優しいですね?
 ありがとうございます。』

『『キャーーー!!!』』


ビクッ!!!


師長さん達にどんな甘い顔でそう
答えたのかは知らないが、耳を塞ぎたく
なるほどの奇声に、運転手さんが
事故しないかが心配になった。


「体調悪いならあっちで寝てください。
 私も寝たいので‥って!手を握ら
 ないでってば!!」


どさくさに紛れて握られた右手を
振り払おうとすれば、クスクスと笑った
後、また唇が塞がれた。


「ッ‥‥‥辞めッ‥」


深く角度を変えてされたキスに驚き
ながらも、目を閉じず私を見つめる
瞳に、全身の熱が上がってゆく。


リップ音と共に離れた唇に、いつしか
体の力が抜けてしまい、気付けば
放心状態になってしまった。


また許してしまった‥‥。叶先生はただ誰かとキスがしたいだけ?


それともいろんな人とこういう事を
平気で出来る人?


『‥‥フッ‥‥そんな顔‥他の人には
 見せないでね。』


長い指が私の唇をスッとなぞると、
何事もなかったかのように席から
立ち上がり、反対側の席に戻ると
本当に目を瞑って眠ってしまった。


「‥‥‥‥」


‥‥不覚にも気持ちいいなんて思って
しまった行為を一気に思い出し、
改めて口元を両手で押さえて悶える。


‥‥‥先生の心が全く読めない。


これ以上深く関わりたくないし、勿論
傷つきたくもない。

勘違いだと思いたくないのに、
どんどん距離を詰められて、どうして
いいのか分からない。


昂った気持ちと体の熱を落ち着かせる
為に窓の方に体を向けると、暫く
何も考えたくなくて、瞳を閉じ眠った
フリをするしかなかった。



『はぁ‥温泉まで最高なんて言うこと
 なしですね。料理も美味し過ぎ。』


部屋食ではないものの、目の前に
並べられた豪華な料理に誰もが目を
これでもかと輝かせた。