こちら元町診療所



『靖子さーーんこっち来ませんか?』


あれからあっという間に時が過ぎ、
晴天の中、迎えた社員旅行当日


部長のせいで今年は不可能だと思えた
旅行も、叶先生のお陰で何とか今日を
迎えられたのだ


新幹線で3時間ほどかかるものの、
近場で温泉付きともなれば文句は
とても言えない。


『もう!先生ったらそんな恥ずかしがら
 ないでくださいよぉ。』

『何飲みます?お酒?お茶の方がいい
 かしら?』


「‥‥師長さん達はご苦労なことで。」


京都駅から用意されたバスに乗り、
旅館まで1時間ほどの道中は前夜祭の
ごとく賑わっていた。


むせかえるような香水の香りに窓を少しだけ開放しつつも、後部座席で盛り上がり楽しそうなみんなに笑みが溢れる


近年、会社行事も行きたがらない人が
多いと聞くけれど、診療所内のスタッフ
はみんな仲が良くて毎年みんな必ず参加
しているのだ


『今日はいつもと雰囲気が違うから
 いいね。』


はぁ?

後ろで座ってればいいのに、
通路を挟んだ向かいに座った
綺麗な顔に口角が歪む


私服もおしゃれで何でも似合ってしまう
その容姿にさえ、世の女性だけじゃなく、男性さえも嫉妬してますよ?


「そういうのセクハラですから。」

『セクハラ?褒めただけなのに?』

「先生に限ってはそうなりますね。」


なんならキスした時点でセクハラ案件
ですけどね?


ギロっと睨みつけるものの、フッと
鼻で笑われると、伸びて来た手が私の髪の毛を掬って自分の方に手繰り寄せた


『髪‥おろしてる方が似合うよ。』


ドクン


「ッ!匂いを嗅がないで‥ッ」


意地悪そうに笑う綺麗な顔に思わず
赤面してしまいそうになり、手の甲で
顔を隠す


『香水の香りは苦手でね‥。』

「だったらそう言ってあげてください。
 先生が言えばみんな喜んで辞めます
 し、診療所的にはいい事ですよ?」


窓際の席に移動し視線を外に向けると、次の瞬間私の隣に先生が座って来たので呆気にとられ口が開いてしまった。


「他にも席が空いてるのに、なんで
 わざわざここに来るんです!?
 誤解されると困るんですけど?」


誰もが見れるような車内で、この
距離感はおかしいとしか思えず、
グイっと隣人の左肩を押す


桐谷さんが居ないとしても、先生に
好意を持っている女性は多分私を除いて
ほぼ全員に違いない


『誤解されるような事‥してみる?』


えっ?