こちら元町診療所

『‥‥‥なんだ‥もう離れるの?
 抱き心地が良かったのに、残念。』


「‥ッ!何言ってるんですか‥‥。」


グイッと胸元を押して立ち上がると、
背を向けてポケットから取り出した
ハンカチで目元を押さえる


こんな時まで冗談を言ってくれたことに、いつもなら怒るとこだが、また
溢れてきた涙をグッと堪えた


あれから泣けずにきた私が久しぶりに
泣けた場所が他でもないここだなんて、おかしな話だ。


出会って数ヶ月の人に、誰にも見せて
こなかった弱い部分を見られてしまい、
恥ずかしさでいっぱいになる


『話の続きは一緒にご飯でも食べ
 ながらしないか?』


キスをしたことについては、お互い何も言わないし、聞いたら何かが壊れてしまうかもしれないから自分からは聞けない‥‥



まるで解けない鎖に捕まってしまった
ような感覚に、今ならまだ抜け出せる
かもしれないと溜め息が溢れる


手を引かれて立ち上がらされると、
前のめりになった私の鼻を掠める
先生の香りに、それだけで心臓が跳ねる


「美味しいお魚が食べたいです。」

『フッ‥‥いいな、それ。』


ホテルはそれぞれ別の場所に決め、
今回の出張は先生とは別行動をする
方向で話もまとまり、安心した。


『プライベートでまた誘うよ。』


お風呂に浸かりながら、家まで送って
貰った別れ際に言われた言葉の意味を
考えてる‥‥‥


それに桐谷さんのことも‥‥‥


ドクターとしか見てないといいつつも、
よく考えれば家にも泊まったし、朝食だって一緒に食べた。
仕事終わりにご飯も数回行ってる。


それにキスだって‥‥‥


お互いいい歳をした大人だ。
キスだってノーカウントすればいい。


パシャ


よく考えれば考えるほど、やっぱり
先生はよく分からない人だ。


「はぁ‥‥‥」


またこういう事で悩む日が来るなんて
思ってもみなかった‥‥

自分にとっての大恋愛と呼べたのは、
あの人との恋愛だけで、それ以上のもの
はもう二度とないと思ってたから。