こちら元町診療所

満足気味に私の診察を終えると、先生は
立ち上がり目の前で白衣を脱ぎ始めた


「あ、あの‥聞き間違いかもしれない
 ですが、今ご飯に行くとか言いました
 か?」

『ん?ああ、そうだよ。』

「私と?」

『靖子以外誰もいないはずだけど?』

「‥‥‥」


職場で会うのは医師と事務という立場で
それぞれ役割があるから成り立つけど、
改めて2人きりで食事なんて‥‥‥


「あ‥ッ‥あの!私今週は体調も
 万全じゃないので早く帰宅して
 休もうと思ってるんです。 
 なので、先生は誰か別の方と一緒に
 行かれてください!診察ありがとう
 ございました。」


勢いよく丸椅子から立ち上がると、
ペコリと頭を下げ、そのまま来た通路を
帰ろうと歩き出す


帰ろうと思っていたのは本当のことだ。
だから嘘はついていないから大丈夫
なはず。


第一、私と先生が食事なんて、
誰かに見られでもしたら困る‥‥‥


『また逃げるのか?』


「ッ!!せ、先生!?」


後ろから抱き締められるような形で
先生の温もりと香りに一瞬で包まれ、
鎖骨と腰に巻き付く手を解こうにも
力強くて敵わない。


心臓の音もどんどん早くなり、
触れている場所から体温が上がっていく


『靖子』


ビクッ!!

耳元でそんな甘い声で囁かないで!!
もう‥‥これ以上くっついてるの‥
ほんとに‥‥無理だから!!


『どうしたら靖子が甘えてくれるの
 かな‥‥。医学を学ぶよりも遥かに
 難題だよ。』


「ッ!‥何言ってるんですか‥‥。」


体の向きを変えられるも、何となく
先生の顔を見る事ができず俯いた
ままでいると、そのまま今度は先生の
腕の中に閉じ込められてしまった。
 

『1人で食べるよりも2人の方が食事は
 美味いだろう?主治医の言うことは
 絶対だから一緒に行こう。点滴より
 栄養あるもの食べさせてやるよ。』


「‥‥先生の奢りならいいですよ。」


グイっと胸板を押すと、俯く私の頭上で
嬉しそうに声を出して笑う先生を思わず
見上げる。


行くつもりなんてなかったけど、
1人で食事をする寂しさを知ってる
から、今日だけなら何となく一緒に食べてもいいと素直に思えた。


ほんと‥‥変わった人だ‥‥‥。


出会ってまだ数ヶ月だから、先生のこと
なんて正直よく分かってない。


でもこれだけは分かった。


この人の腕の中がとても温かかったと
いうことだけは‥‥。