こちら元町診療所

『靖子』


ドクン

「ッ‥‥もう靖子って呼ぶの辞めて
 くださいって‥‥。そ、それじゃあ
 おやすみなさい!」


変に思われたくなくて笑顔で頭を下げると、鍵を開けて家の中に逃げ込んだ


『おやすみ。』


少し低い声で自分の名前を呼ばれると、
心臓に悪い‥‥。


もう傷つきたくないから誰かの事を
特別に思うなんてせずに来たのに、
急に詰められる距離がツラい。


その場に座り込むと、思い出したくない
過去を頭の中から消し去る。


大丈夫‥‥もう勘違いしないってあの時から決めて生きて来たじゃない‥‥。


プルルルル プルルルル


「もしもしお姉ちゃん?電話してくれ
 てたのに出れなくてごめん。
 うん‥‥課長から聞いた?
 大丈夫‥ちょっと疲れてて久しぶりに
 貧血になっただけだから。
 うん‥‥心配かけてごめんね。
 もう二度とあんなことにはならない
 からさ‥‥。」


課長の事だからきっと大袈裟に
お姉ちゃんに伝えたのだろう‥‥‥。


お姉ちゃんが私の事を誰よりも大切にしてくれているのをずっと側で感じながら
生きて来た。


少しでも早く笑えるようにならなきゃと
仕事もして1人で生活できるように
なったのに、不安にさせてしまった事を申し訳なく思う


通話を切り終えたスマホを画面が
暗くなるまで見つめ終えると、
疲れて体調が悪いはずなのに、その日は結局なかなか寝付けなかった。




『靖子さんおはようございます。
 あれから大丈夫でしたか?』


「浜ちゃん、心配かけてごめんね。
 ただの貧血だから心配しないで?」


また今日から忙しい1週間が
始まるから休んでなんかいられない。


正直‥体調は万全じゃないものの、
医事課の5人体制は一人でも欠けたら
受付が滞ってしまう。特に会計は私が
主で行う為代わりがいないのだ。


『みんなおはよう。揃ってるかい?』


えっ?


珍しく部長が1番に出勤してないなとは
思っていたけれど、部長の後ろに立つ
2人の見知らぬ女性2人に浜ちゃんと顔を見合わせた。


1人は歳上の落ち着いた女性で40代
くらいだろうか‥‥。
もう1人は浜ちゃんより若そうな
綺麗な女性だ。


『紹介する。今日から医事課に勤務
 してくれることになった安田 紗夜
 さんと桐谷 舞さんだ。』


ええっ?