こちら元町診療所

医療事務を始めた最初の頃は、大きな病院で事務をしていた経験はあるものの、人間関係に悩まされ、その後、事務を募集していたこの診療所にやってきた。


忙しいのは良かったけど、
あの頃のことを思い出すとやっぱり
気持ちが落ち込んでしまう。


その点この診療所は、小規模で、
医事課も5人体制とかなり落ち着く


逃げといえば逃げになるけれど、
今はここで自分が出来ることを
やるしかないのだ


コンコン



『来週からお世話になります叶です。』


『おお、叶先生、お待ちしてました。
 どうぞこちらへ。』


叶先生見えたんだ‥‥‥。
部長と2人分のお茶でも淹れるかな。


ドクン


席から立ち上がった私が見つめる先に
いた叶医師が想像していた以上の人物
で固まってしまう。


うわ‥‥‥足‥長い‥‥。
スーツを着てても分かるスタイルの良さと、色素の薄い髪色や瞳、端正な顔立ち
、それのどれもがバランスよく備わって
いてついつい見惚れる


バチっと目が合ってしまったので、
慌てて頭を下げると、給湯室に向かい
部長の高い珈琲豆を勝手に挽いた


写真で見るより実物の破壊力はすごいや‥‥。外見で判断してはいけないけれど、あんな人が元町診療所に来たこと
が不思議でならない


「失礼致します。」

『中原君ありがとう‥‥あっ!』


香り一つで自分の高級豆だと分かった
のか、一瞬苦笑いをした部長に笑顔を
向ける


いつも独り占めして一杯たりとも
飲ませてくれたことがないから、
こんな時くらいいいじゃない。


『ありがとうございます。
 叶 大志です。‥‥君は?』

「あっ‥医事課で会計事務を
 しています中原 靖子です。
 よろしくお願いします。」


倉庫から戻って来たら浜ちゃんビックリするだろうな‥。反応が楽しみだ‥‥


頭を下げてからデスクに戻ると、課長や河野君も挨拶に行っていたし、浜ちゃんも目を輝かせて挨拶を交わしていた。


『中原君そろそろ案内を頼めるかね?』

「私は仕事があるので、浜ちゃん
 あ‥いえ、浜川さんに頼んでも
 いいですか?」


月の終わりに終えておきたい事務仕事を
何とか時間内に終わらせたいと思い、
ラミネートをしていた浜ちゃんに
視線を送ると、首を小さく横に振られた


ん?どういうこと?
笑顔を向けると、また首を横に振り、
眉間に皺が寄る。