「椎名さん、」
形のいい唇が柔らかく笑って、わたしの名を呼ぶ。
現実味のない響きだ。彼の世界が隔離されすぎていて、まさかわたしの名前を呼んでいる、なんて思えなかった。
返事が出来ず、ごくり、と生唾だけを飲み込む。まずい状況だ、と。
頭の中で警報音がけたたましくなっているのに、どうしてか彼の視線に捕まったみたいに動けない。
そんな蛙──椎名すみれを満足そうに見下ろした蛇──八重樫翔は、わたしの右腕をつかみ、そして、引き寄せ距離を詰める。
鼻腔をくすぐった香りは、妙に心の臓をうるさくさせていた。
「──────僕と勝負しない?」
* * *
「だからさ、どうかな?……って、聞いてる?」
「っ、」


