「わからないみたいなので、改めまして。八重樫翔(ヤエガシショウ)という名前で俳優をやらせてもらっています」
「…あっ、」
間の抜けた声が出た。今をときめくスーパースターが、そこにいる。わたしの、目の前に。
「思い出しました?それとも、今初めて知りました?」
「…お、もいだしました。すみません、人の顔と名前を覚えるのが苦手、で。決して知らなかったというわけじゃ、ないです」
ちっぽけな言い訳じみた返答は、彼──八重樫翔の前では意味を成していないかもしれないが、事実、わたしは人の顔と名前を覚えるのが苦手だったのだから、すぐに思いつかなくても仕方がないじゃないか、と勝手にまた言い訳を心の中で唱える。
職業柄、あまりに良くなさすぎる特性ではあるからちゃんと仕事で関わる人たちは覚えようと頑張ってはいるが、これも職業柄、関わる人の数が多すぎて手が回らない。
芸能界には無数の人間がいる。正直全員を覚えることはわたしには出来ない。だけど、彼は、記者ならば、いや、記者でなくとも、よく知られている。


