「…椎名すみれさん、こんばんは」



にこり、と微笑んだ男は、そのままわたしを見つめていた。なぜわたしの名前を?と生まれた疑問が口から落っこちる前に、彼は「知ってますよ、」と言う。



「僕のこと、わかりませんか?」



男は一歩距離を詰める。
どうしてか、見えない圧、を感じて動けずにいれば、彼は「記者失格じゃないですか?」と。



「僕、結構人気者になったと思うんだけどなあ、」



男の所作、声、すべてが映画のワンシーンのようだった。
思わず見とれてしまって視線を逸らせずに瞬きを数度繰り返せば、一瞬、頭の中の記憶の引き出しが開く感覚。


いや、違う。でも、似すぎている、むしろ本人。でもまさか、こんな場所にいるはずない。とは言っても、あまりにも瓜二つだ。
そんな否定と肯定をちょうど脳内で二度繰り返したところで、彼は簡単にわたしの思考を終わらせる。