「──────僕と勝負しない?」



真夜中。白線上でわたしを引き寄せた男が、わたしの耳元に愉しそうにそう落とす。
意地悪く上がった口角、余裕そうに細まった瞳、わたしを動揺させるには十分すぎていた。

日中は暑いが夜はまだ涼しい季節のはず。嫌な汗でしめった背中が気持ち悪い。

どうしてこうなったんだっけ。どうして。なんで。
まるでテレビドラマの一節のようなセリフを落とした目の前の男から逃避するように何度も同じ思考を巡らせれば、ずきり、と頭の奥が鈍く痛む。

ああ、願わくば。数十分前の自分に戻って、無数の選択肢をやり直したい。戻って、戻って、戻って。出来ることなら、全部───────



* * *



夢を叶えられる人、というのは1割にも満たないらしい。子供の頃はそんな現実を知るはずなくて、わたしは将来必ずこうなるんだと信じて疑っていなかった。

デスクワークにはもう身体が慣れていた。だけど、いつまでもこの瞬間には慣れない。
背徳感。罪悪感。失望感。負の感情がぐっと押し寄せて、本当は逃げたいのに逃げられない。

─────だって、生きるために、わたしは他人の私生活を食い物にする必要がある。



「……本当に、よくやるよ」