神を斬る

出動要請が来た。

と言っても、そう改まった場でもなく、出勤したら局長に手招きをされただけではある。

「おはようございます」

『おはようございます』

ロボットは深々と頭を下げる。局長は文書を整えつつ頷く。

「おはよう。別の者に当たらせていた案件なのだが、うまくいかなかった。困難が予想される。どうだ」

局長の言うどうだ、は、後を引き継ぐことができるかどうか、という意味だ。

できるかどうかの基準は私にはない。やれと言われればやるだけだから、聞かれても困る。

いちいち言いはしないが。

ざっと目を通した文書をロボットに渡して回答を待つ。

「髪型はどうにもならんのだな」

と、局長。矛先はもちろんロボット。今日はちゃんとした装衣を着けているので、服装については不問のようだ。

実を言うと出勤時には、ロボットはまた中古を着ていこうとしたので、差し支えなければ装衣にしてくれと頼んだのだ。

「迂闊にいじるのもどうかと」

「ふむ」

ロボットは、言ってみれば機械の塊だが、個性がある。おかしな話だと私の常識は感じるのだけど、同じ時期に購入した家電だって寿命が違ったりするだろ、という説明をされて、それで納得した経緯はある。

さほど追及したいわけでもなかったし。

ともかく、ロボットはそれぞれの「らしさ」をもって神に対処する。尊重しておくに越したことはない。服だって、どうしてもと言うなら任せただろう。

とはいえ。

ロボットは私が押し付けた文書を熟読している。間が空いたのでなんとなく手を伸ばして、散らばった髪の毛を撫でつけてみる。

尊重の範囲内でなんとかならないだろうか。

『局長』

ロボットは出し抜けに言う。そこで私は自分のしていることに気付き、気付いて戸惑っていた。

『この、前任の剣司様が負傷されたのは、傷んでいた階段を踏み抜いたため、という部分は、間違いないんでしょうね』

「そう書いてあるなら、そうだ、としか言えないが」

『ん。なかなかの困難が予想されますが、剣司様』

と、私を見る。

「あ、ああ。私にはわからないから、お前さんがいいというなら、いいよ」

ロボットは疑問を投げかける仔猫のような目になった。無責任な答えかもしれないが、正直ではあったと思う。

『祓い遂げるのは可能です』

「では局長、行ってきます」

「よろしく頼む」



なにかと気難しいエンジンは、気候が良いのか、今日は吹け上がりが滑らかで、ついつい回転数を上げがちになる。

『か、帰りは、あたしに運転させてもらえませんかねえ』

ふらふらとした足取りで車から降りたロボットは、歪んだ音域で言う。

「RS500コスワースは、私の運転でないと機嫌が悪くなるぞ」

『機嫌が良くてあれならどっか故障してるんじゃないですか』

「なんだ、私と私の車に文句があるのか」

『いえまあ』

有り体に言えば、大きなお屋敷だ。門構えからして来訪者の身分品格を問われるような拵え。配置されている領の職員も、いささか肩身が狭そうである。

出来事に由来のありそうな、今回で言えばこのお屋敷に関わる人物はすべて退出して頂いている。証言が必要な場合は、職員が聴取して管理し、ロボットが閲覧できるようになっている。

剣司はそのあたりを、ロボットに説明してもらい、なんとなく把握しておく必要がある。

「なんとなくだよねえ。あまり細かい説明をされたことがない。あれは、私のような不埒者だからか」

とはいえ、説明がないことの説明を求めようという気もなかったから、私は本質的に関わりたくはないのだろう。

ちら、と私を見上げたロボットは、少し目線をそらしてから言う。

『人と物と神は、絆と呼ばれる関連性から問題を生じると考えられています。人と物が織りなす物語が、神を生む、とでも申しましょうか』

「洒落たことを言うじゃないか、迷子ロボットのくせに」

『恐れ入ります。剣司様は、その絆に取り込まれないように、お神楽の全体から距離を取る必要があるのです。従って』

ロボットはまた視線を合わせてから、くるりと私に背を向けてお屋敷に向き、指先で空を切り始めつつ続ける。

『剣司様の在り方は、神斬りに最適である、と言えますね』

皮肉に聞こえるのは私の都合だ。ロボットにはそんな気の利いた機能はないし、必要がない。

ロボットは一旦動きを止め、手を合わせてから門扉を開く。重厚な拵えだが、手入れがいいのか、すいとそよ風を具現するかのように開く。

「車を入れてもいいか。往来に堂々駐車というのも」

領の職員が配慮してくれるとは思うが。

『あのポンコツ、いえ、お車には相当な執着をお持ちで』

「どうかな。神が生まれるかねえ」

『さて、どうでしょう。入れてもいいですよ』

「乗るかい」

『あ、急用を思い出しました』