神を斬る




職業柄、いずれ私もロボットを持たなければならない。

特にどこと言って特徴のない民家の前に立ち、ぼんやりと眼の前の、借り物のロボットを眺めている。

ここは今回の事件現場、専門的な言い方をすれば、神楽、である。ロボットは、任務を遂行するためのものだ。

「間違いなく、いるのだな」

私の問いかけに、

『確定しております』

と、応じるロボット。

間違いないことは、承知の上だった。ロボットが導いた結果に間違いはない。

ここには神がいるのだ。



ロボットは、扉の前に立ち、右手の人差し指と中指を揃えて空を切る。神楽において結界を破るためのまじない、とか聞いたが、実際にどういう現象が起きているのか。

私は知らない。

『鎮まり給え、鎮まり給え』

そう唱えつつ、ロボットは扉を開いて直進。私も続く。

もう一度ロボットが空を切って開いた扉の先には、大きなテーブルがあった。ダイニングの間、なのだろう。ただ大きいだけではなく、重厚な、立派な拵えであった。

『このテーブルを、お斬りください』

「よいもののようだな」

『名のある職人の手によるものです』

斬る、と言ってももちろん、剣でテーブルを斬るなど不合理だ。事実、拝領賜った九一式特型軍刀にあるのは柄だけであり、機に応じて神だけを斬る特殊な力場が生じる。

その瞬間だけ、剣らしい形になるのだ。

もっとも集中しなければならない時だが、私は常に苦いものを呼び覚まされてしまう。

幼い頃の思い出。

いい加減、卒業をしてもいいじゃないか。そんな思いが過る。

それが悪かったのか、とは、思いたくない。

『危ない』

叫びに近い声が聞こえる。

体に衝撃を受け、弾き飛ばされたが、痛みはほとんどなかった。

人間のものではない、どこかしらに冷たい感じが耳に残る声質は、ロボットのものだ。が、私が借りてきたものとは違う声。

視界の中では、借り物のロボットの首が飛んでいた。

私の体は、何者かによって支えられていた。

『大丈夫ですか』

と、未知のロボット。助けられた、ということになるようだ。が、状況を把握しきれない。

『一旦、退きましょう。あのロボットはもう動けない』

頷いて、後に続く。

外に出ると、民家は細かく震えていて、不穏な低い音を発している。周辺には安全確保のため領の職員が配されていて、あまり経験のない事態に落ち着きのない動きをしている。

彼らに何か言うべきかもしれないが、放っておく。

「どうにかなるのか」

『今』

「いま」

『今、どうにかしないともっと面倒になりますよ』

ロボットは子猫みたいな笑顔で言う。

聞きたいことが積み上がっていくが、今、はそれどころではない。

「どうしたらいい」

『さっき剣司様が剣を振り上げた場所から左へ四十七度、二歩半のところに、古いオルゴールが入った引き出しがあるんです』

「花瓶の載った台だったか」

『そ、そ、それです。あの状況でよく覚えておられますねえ』

「ま、なんとなくだ」

なんとなく、気に障るものがあった。

ぼそぼそと会話をしながら、嫌な振動を続ける家屋の中をじりじりと進む。突然現れたロボットの指先は、小さく忙しない動きで空を切る。

『ここの神様は、どうやらそっちのオルゴールから生まれたもののようです。発生理由まではまだわかりませんが』

「ロボットが間違えたのか」

そんなことは、ないはずだ。ロボットは苦手だが、信頼はしていた。

『あのテーブルに違和感はありませんでしたか』

「家の雰囲気に合わないな、とは思った」

これは花瓶の台から受けた違和感と違って、単に建物から受ける生活水準からすると、ちょっとそぐわないのではないかという感覚からだ。

『説明はあとにしましょうか。ちょっと余裕がなくなってしまいました、すいません』

「了解だ」

あの部屋の扉の前で、ロボットはゆったりと空を切る。

破裂音とともに扉が粉砕し、強風が吹き出してくる。強風、風なのかなんなのか、なんだか得体の知れない感触の圧を感じるものだ。家財道具が飛び散りあちこちに打ち当たり、騒々しい。

少し、息が切れる。

ロボットは両手を広げて体の前に突き出し、それによってこの圧を左右に逃がしている。

『鎮まり給え。どうか、安らかに』

とても穏やかで、優しい声だった。急に呼吸が楽になった。

じりじりと根源に近づき、間合いに入り、振りかぶる。

自分でも呆れるほど、見事に一刀両断。強風みたいなものは、即座に収まった。

ロボットは、借り物のロボットの頭部を持って胴にくっつけ、手を合わせる。機能までは回復しないようで、動きはしなかった。

領の職員が後始末のために部屋に入ってきた。頼めることは頼んで、助けてくれたロボットと共に外に出る。

「いろいろと尋ねたいことはあるのだが」

『でしょうねえ』

「後にしよう」

『はあ』

ロボットは、戸惑っているような、困ったような、呆れたような顔色。私はそれに満足して、続ける。

「お前さん自身は、今後はどうするんだ。いきなり現れて」

『ああ、ええと、さて』

「あてがないのなら、私の仕事を手伝ってくれないか」

『あ、は、は、はは』

ロボットは、そもそも整えられていないようだった、ぼさぼさの頭髪を両手で引っ掻き回して満面の笑みを浮かべる。

『あ、いや、助かりました。実は随分以前から、神様を追っかけていて、上司も整備場もわからなくなってたんです』

なんだそりゃ。と、私が呆れる番だった。