レオンの動きが一瞬とまどい止まったように見えた。
 間違いなく聞こえていたはずなのに、聞き流すようにセレーネの耳に首に熱いキスをレオンは落としていく。

「レオン…聞き流すな」
 セレーネはのしかかってくるレオンを手で押しのけて、レオンを制した。
 ようやくレオンがセレーネの首元から唇を離し、セレーネはレオンの瞳を見ることができたが、レオンの瞳はいまにも零れそうなぐらいに涙がいっぱいに溜まっていた。

「レオン、なぜ泣いているんだ」
 レオンの瞳から涙が溢れ、セレーネの頬に落ちた。
 レオンはただただセレーネを見つめ続け、セレーネの頬に落ちた涙を拭うと、頭に頬に髪に肩に愛おしそうに無言で何度も何度も大きな手で優しく触れ愛撫する。
 そしてもう一度頬をゆっくりなぞるように撫でると、なにかを決心したかのように息を整えた。

「セレーネに一生に一度のお願いがある。今日限りで騎士団を退団してくれ。いまから俺がセレーネを抱いてセレーネの中に精を解き放てば、もしかしたら新しい命が芽吹くかも知れないだろう」
 切ないぐらいのレオンの表情にセレーネは思わず、両手でレオンの頬を包んだ。
「レオン。まずはわたしの問いに答えてくれ。それからレオンのお願いをきく。レオンは未来で何を見てきたんだ」
 レオンは無言を貫き、セレーネを黙らせるためのキスをしようとして、セレーネに制された。
「レオン、答えてくれ。どんなことでも驚かない。ちゃんと受け止める。だからお願いだ。私に話してくれ。レオンは未来でなにを見てきたんだ」
 ふたりに沈黙が続き、その沈黙を破るようにレオンがようやく重い口を開いた。

「俺の記憶が正しければ、今日明日で魔獣が出現する。しかも尋常ない数だ。そして、俺たちはその討伐に向かうことになる」
「魔獣…が。しかし、魔獣の出現とわたしの退団はどうつながるんだ…って、まさかレオン」
 いつも察しの良いセレーネは今回もすぐに気づいたようだった。

「未来のわたしは死ぬのだな。その討伐中に」
 セレーネは静かに答えた。
「そうだ」
 レオンは低い声で頷き、何とも言えない苦渋の表情を浮かべる。
 そんなレオンを見ていると、セレーネは自分の最期はだいぶ無残な死に方だったんだろうと推測できた。
「わたしは魔獣に食べられでもしたか?」
 自分のことのように思えなくて、口角を上げてレオンに問う。
「言いたくない」
 レオンはそう言うと、セレーネを強く抱きしめた。
「頼むから、今から俺に抱かれてくれ。もう二度とセレーネを失いたくない。愛しているんだ。そして明日からは絶対に騎士団に行くな。セレーネが討伐に行かなくて済むようにセレーネの名誉を守りながらなんとかしてやるから。だから、絶対行くな」
 セレーネをきつく抱きしめて、何度も何度も愛していると耳元で縋るように囁くレオンはどれほど辛い未来をみてきたのだろうか。
 晩餐も食べずに、屋敷に戻ってすぐに自分を抱こうとする。それぐらいいまのレオンには気持ちの余裕がなく、死に急いでいることがひしひしと伝わってくる。
 セレーネは先ほどから感じていた悲しい気持ちがどこから出てきたのか、やっと理解できた。
 あと4日でレオンは本当に消えてしまう覚悟なんだと。

 それから、場所を寝台に移し、痛いほどに強く激しくセレーネは夜が更けるまでレオンに抱かれ続けた。


 翌朝、唇に温かいものが重なり、よくやくセレーネは目を覚ました。
 朝の優しい光の中、少しフォーマルでかっちりとした装いのレオンが寝台に腰をかけて優しく微笑む。
 セレーネは起き上がろうとするが、身体が重いし、声が上手く出ない。

「おはよう。いまから学園に行ってくる。セレーネとずっと一緒に今日は過ごしたいけど、そうもいかない。今日は鍛えられているセレーネでも身体も喉も辛いだろう。ここでゆっくり過ごしなさい」
 セレーネの髪をひとつまみすると髪に優しくくちづけをし、レオンは部屋を後にした。
 足早に階段を駆け下り、ロンを呼んでなにか指示を出し、慌ただしくレオンは出かけて行く。
 セレーネは遠ざかるレオンの足音を聞きながら、自分の大腿部の滴る温かいものが近い未来に芽吹き、希望となることを女神に祈った。