そんなラズとのやり取りを経て、リーシャの手当ては終わった。
「はい、これでいいでしょう」
「ありがとう……」
「このくらい、当然のことをしたまでです。それで……話を戻しますが、よろしいですか?」
リーシャがコクリと頷くと、エミリオは少し声を低めた。
「リーシャが女子トイレで例の女性に切りつけられたのはわかりました。ですが、どうも解せません。話によると、彼女はリーシャの傷口にハンカチを当てたのですよね?普通、傷つけたい相手の止血をわざわざするでしょうか?」
「私ならしないけど……」
「ですよね」
うーんと悩む二人。
その間にラズが割って入った。
「それなんだけどさ。その子、リッちゃんを刺し殺したかったわけじゃなくて、リッちゃんの“血”が欲しかったんじゃない?」
「私の血?どうして?」
「まさか……悪霊魔術、ですか?」
「ピンポーン。リッちゃんの話を聞く限り、その可能性、高いんじゃない?と、俺は思う」
悪霊魔術。
それは悪霊の力を用いる魔術のことで、一般的には禁忌とされている。
大学では決して教えない黒魔術だ。
リーシャも噂でなら聞いたことくらいある。
「悪霊魔術の呪いの類いは、呪いたい相手の血を使うらしいんだよね。つまりこのままだとリッちゃんその子に呪われちゃう感じ」
「えっ……呪いって……何か防ぐ方法はないの?」
「悪霊魔術と言っても弱いものから強力なものまで色々あります。未然に防ぐ方法というのは、どんな呪いをかけられるか明確にわかっていないと難しいです」
「なら、呪いを受けるのをただ待つしかないってこと……?」
不安げに揺れるリーシャの瞳を見つめ、エミリオは今できる最善を申し出た。
「取り敢えず、僕が守りのペンタクルを描きましょう」
「守りのペンタクル?エミリオ、描けるの?そういえば空間転移の時もちゃんと転移陣を描いてたね」
「かなり前ですが、護符魔術学科と空間・異界研究学科を卒業しました。ですからペンタクルの描き方は熟知していますし、空間転移も得意です」
自信ありげに言ってから、エミリオは当然のことのように告げる。
「ですから今日、僕はリーシャの家に泊まります」
「え?」
「貴女を守護するためには、貴女の家の貴女の部屋に守りを敷くのが一番です。ですから、これから行って僕が魔術を施します」
「今日……?これから?」
「はい。彼女の目的がリーシャの血だったなら、呪うための第一段階は達成されたわけです。なのでおそらく第二段階は今夜でしょう。仕掛けてくる可能性が一番高い時間に僕も貴女のそばにいます」
一人じゃない。
エミリオがそばにいる。
それだけで安心できるような気がしたリーシャだった。
「わかった。よろしくね、エミリオ。頼りにしてる」
「っ……!」
嬉しかったのか、わかりやすい程にエミリオが照れた。
「お、エミリオくん、顔真っ赤」
「うるさいです!時間が惜しいので行きましょう!」
照れ隠しに勢いよく席を立つ。
そんなエミリオを先頭にリーシャ達はカフェを離れた。


