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それはリーシャが学生だった頃のこと。
「うぅ……!まさか口語魔術がこんなに難しいだなんて思わなかった……」
空き教室にて、リーシャは溜息まじりに独り言を吐き出した。
現在、彼女の目の前には大学から貸し出された猫がいる。
この猫と会話をしなさい、というのが今回の課題である。
できるかっ!と投げ出したらその時点で終わりだ。
そんなことは許されない。
「落ち着け、リーシャ。大丈夫よ。エリマキトカゲとはちゃんと喋れるんだもの。猫だって……」
一度大きく深呼吸をしてから、リーシャは思いきって口を開いた。
「にゃんにゃん、ミャーゴ」
話し掛けられた黒猫が首を傾げてリーシャを見上げる。
「ニャ?」
返事があったがリーシャはたっぷり三秒固まった。
そして一言。
「……わかるかっ!」
魔術。それは神秘なるもの。未知なるもの。
他国では廃れてしまった神秘が、この国では保護され、受け継がれ、日常生活に使われている。
リーシャが通う大学も魔術を専門とする学舎だ。
国立アルブ魔術総合研究大学。
そこは国家魔術師を育てる場所でもあり、国家魔術師達が魔術の更なる発展を目指して研究を行う機関でもある。
そんな魔術大学に入学したリーシャ・リデアは言語魔術学部、口語魔術学科の一年生である。
優等生ではないが劣等生でもない、ごくごく普通の生徒、のはずだ。
課題が失敗続きだからといって、決して馬鹿なわけではない。
口語魔術学科では「言葉の力による魔術」を専門に勉強する。
基本は、声や言葉に魔術をのせること。
そのため動物との会話も己の言葉を魔術で動物達に合わせないといけないのだが、これがなかなかどうして難しい。


