マズイ状況、という言葉に不安を覚える。
リーシャは黙って頷いた。
「まず、今日の大学な。本当なら休んでほしいけど、行くなら、ぜ〜〜〜ったい!!エミリオくんかマリーちゃんを隣に置いておけ」
「は?」
「あっ、女子トイレはマリーちゃんとだぞ?エミリオくん連れて入るなよ?」
「あ、当たり前でしょ!?というか、トイレまで一緒にいなきゃダメなの?」
「リッちゃん、自分が前にどこで襲われたのか、もう忘れたわけ?」
「忘れては、いないけど……」
ヘレナ・メルヴェスに切りつけられたのは女子トイレだった。
どんな場所でも油断はできないものである。
「ちょっと待って。どういうこと?オーチェが帰らないのと、私が単独行動禁止なのって関係あるの?」
「大あり。狙われてんの、リッちゃんだから」
「えっ」
狙われている。
確か、オーチェも以前言っていた。
――今も、君は狙われてるよ。だから、気をつけて
リーシャを狙っている相手が誰なのか、オーチェは教えてくれなかったが、ラズには心当たりがあるのだろうか。
リーシャが尋ねる前にラズは苦々しい顔でこう言った。
「オーチェくんが朝になっても戻らないってことは、敵に殺られたか捕まったか……どちらにせよ状況は悪い。戦闘能力めちゃクソ高いオーチェくんをどうにかできるレベルの奴が相手ってことだから」
「敵って……ねえ、ラズ。もしかしたらオーチェは、全然違う用事でいないだけかもしれないよ?あんまり想像できないけど、お酒飲みに行っただけかもしれないし」
「悪いけどリッちゃん、それはない。昨夜の外でのオーチェくん、遠目に確認した時ガチで殺り合ってたからさ。エッグい死体が道に転がってなきゃいいけど」
死体と聞いて、ゴクリと唾を飲み込む。
リーシャは今度こそラズに尋ねた。
「ラズ、私が狙われてるって、誰から?どうして私を狙うの?知ってるなら教えて」
「うーん……教えてもいいけど、バレたら俺がオーチェくんにぶっ殺されそうなんだよなー」
少し考えてから、ラズは話題を変えた。
「取り敢えずリッちゃんは自分の支度な?大学には行くんだろ?メシは俺が作っとくからさ」
「ラズ!はぐらかさないで」
強気で睨みつけてくるリーシャに、ラズは苦笑する。
「ごめんねリッちゃん。俺の独断じゃ、ちょっと答えづらい。俺としても曖昧なんだよね、気持ちがさ。あーあ、これだから感情とかめんどくさいっての」
「ラズ……」
それ以上、聞くことはできなかった。
キッチンへ行ってしまうラズの背中はリーシャを拒絶しているようだった。
無駄なお喋りはここまでだ、と。


