五月風が柔く吹く、ある月曜日の午前診療の受付時間。
今日も待合室には受診される患者さんや妊婦さんで溢れ返っている、この辺では評判の良い産婦人科のアイ·ウィメンズホスピタルの受付をしているわたし、大崎和花は受付カウンターで産科受診の女性の対応をしていた。
すると、受付内の後ろの方に居る看護士二人の会話が聞こえてきた。
「ねえ、今日から来てる研修医見た?」
「あ、玄葉先生でしょ?めちゃくちゃイケメンだよね!」
その会話に出てきた名前に反応してしまったわたし。
えっ、くろは先生?
いや、まさか、、、まさかね、、、
「あんなイケメンの産科医が居ていいの?」
「わたし、自分が子ども産む時は玄葉先生に担当して欲しいわ〜!」
「えっ!わたし逆にイケメン過ぎて、診られるの恥ずかしいんだけど!」
そんな会話をしながら、その看護士二人は裏側の通路を通り、処置室の方へ向かって行った。
わたしは、"まさかね"なんて思いながらも看護士たちが口にしていた"くろは"という名前がずっと頭から離れないまま、いつも通り午前診療の受付をしていた。
なぜその名前が頭から離れないのか、、、
それは、高校時代に付き合っていた元彼が玄葉颯生という名前だからだ。
颯生は成績優秀で運動神経も抜群、高身長を活かしバスケ部のエースだった上にサッカー部の背番号10番を背負うFWとしても活躍していた。
それに加え、容姿端麗な為に校内ではアイドル扱いで、わたしは複雑な気持ちだった。
高2の春に颯生からの告白がきっかけで付き合うようになり、優しく思いやりがあってわたしを大切にしてくれていた颯生の事が大好きではあったが、わたし自身が自分に自信が持てず、時には「何で玄葉くんの彼女が大崎さんなの?」なんて言葉を耳にしながらの交際が、わたしにはツラかった。
わたしは何の取り柄もない、何なら存在しているのか分からない程のいわゆる"地味子"だったからだ。
「どうして、わたしなの?」
当時のわたしは何度も颯生にそう尋ねた。
すると、いつも返ってくる言葉は「好きだから。」だった。
そして颯生はいつもわたしに向けて、裏ピースをする。
親指と人差し指をクロスさせて作るハートマークでは愛情が小さく見えるからと、裏ピースをして「こっちの方がハートが大きく見えるだろ?」と颯生は微笑みながら言っていた。
颯生の裏ピースは、わたしへの"愛してる"のサインだったのだ。



