さっきからいったい何なんだ? 用があるならさっさと言ってほしい。そう心の中では思うが、決して態度には出さない。これでも貴重な売り上げなのだ。


 なので、にこにこと笑顔は絶やさずに、私は勇者様の言葉をじっと待つ。


 そして、ようやく勇者様は何かを決意したかのように、自身の着ている服のポケットからあるものを取り出した。


「──俺と結婚してほしいんだ、イリア」


 そう言って目の前に差し出されたのは、この世界でいう婚姻届のようなものだった。この紙にお互いの名前を書いて、教会へ持っていくと二人は夫婦として認められる。


 そんな大切なものをまさか恋人ですらない男から渡されるとは、夢にも思わなかった。


「……何かの冗談ですか?」
「まさか。本気だよ」


 お願いだから、冗談であってほしかった。
 しかし、こちらを見つめる勇者様の表情は真剣そのものだ。


 以前からやけに絡んでくるなと思ってはいたが、まさかこんな田舎村のモブ娘に求婚してくるとは思わなかったので、すっかり油断していた。


 このままでは、この先の物語にきっと支障が出てしまう。胸がほんのすこーしだけ痛いが、ここは断らせてもらおう。