健斗と出会ったのは偶然だった。サンチェス=ドマーニで無双していた当時、晃太はよく女に追いかけられていた。住んでいる場所を特定されるたびにマンションを変える生活を送っていたが、その女は度を越えていた。部屋の扉を開けたら、部屋の中にその女が立っていた。恐ろしくてその場から逃げ出し、助けを求めたのが開店前のBARだった。
「警察を呼びましょうか?」
健斗はそう言ってくれたけど、水伊勢と名乗らなければならなくなってしまう。健斗は事情があることを察してウイスキーを出してくれた。健斗はバーテンとして様々な人と接している。だから人の顔を見ることは慣れているのだろう。
「失礼ですが、水伊勢さんですか?」
雑誌に載っていた龍司の記事を開き、龍司と似ていると言われた。
「本名は水伊勢晃太と言いますが、普段は佐藤晃太と名乗っています。」
「なるほど。大変ですね。俺は健斗です。気軽に呼んでください。」
夜になり、人が増えてきたのを見計らって店を出た。その日は人込みに紛れて帰ることができたが、次の日、包丁を持った女が押し入ってきた。今思えば観念して警察に行けばよかったのに、BARへ逃げ込んだ。すると、女は包丁を持ったまま店の中まで追いかけてきた。
「健斗、警察呼んで!」
「警察って……うわ、まじか……」
様々な人間模様に出くわしている健斗でも、包丁女を見るのは初めてだったらしい。でも健斗は冷静だった。
「奥行ってろ、晃太。」
「なにするの!?話なんてできないよ!?」
「いいから。向こうへ行ってろ。」
自分の名前を呼びながらただ追いかけてくるだけの気味の悪い女は、健斗を睨みつけていた。
「晃太さんを返してください。」
「落ち着てください。こんなことして何になるんですか。」
「私は晃太さんと一緒にいるんです!ずっとずっと一緒に……!」
「出てってください。迷惑です。」
「晃太さん晃太さん晃太さん……!」
思わず耳を塞ぐと、健斗の叫び声が聞こえた。
「うわぁぁっ……!」
顔を上げると健斗が床に倒れ込んでいた。慌てて駆け寄ると、腹部が真っ赤に染まっていた。沸々と怒りが湧いてきて、包丁女を睨みつけた。
「何してんだよてめぇぇ!」
「っ……違う……違うの!私……違う、私じゃない……!」
自分のものとは思えないようなドスの効いた声が出た。女はわなわな震えながら逃げていく。追いかけようとすると、健斗に腕を掴まれた。
「追いかけるな。これでいい。」
「待ってて。今救急車呼ぶ。助けるから、絶対助けるからね……」
すると、健斗はひょこっと起き上がった。
「じゃーん!」
健斗はラズベリージャムのボトルを晃太に見せた。健斗なりに考えたドッキリだったらしいけど、あの時は全く笑えなかった。運よく女を追い払うことができただけで、本当に血まみれになってもおかしくなかったのだ。泣きながら健斗に謝ると、仕返しだと言ってラズベリージャムを大事なサンチェス=ドマーニのスーツに塗り付けられた。あれは本当の嫌がらせだった。
包丁女からは解放されたが、女に追われてBARへ逃げ込むことは何度もあった。健斗に匿ってもらって、ウイスキーを飲む。そんな生活だった。仕事もせずにただ遊び歩いている自分はもう引き返せないところまできていると自覚していた。だからこのまま適当に女と遊んで酒を飲んで死んでいく人生なのだろうと思っていた。
そんな自分に、健斗は自分に合った生活をしろと言った。見た目を変えるだけで変わると言われ、半信半疑で黒髪に変え、前髪を下ろして顔を隠した。サンチェス=ドマーニはレセプションの時だけにして、普段着るのはビジネススーツにした。すると、ものの見事に女から解放された。浴びるように飲んでいた酒も嗜む程度に抑えられるようになり、生活は一変した。
会社員として始めたばかりの頃は大変だったが、今ではさきのような理想の女性に出会えて、普通の生活を送ることができている。全部健斗のおかげだ。
「ありがとう、健斗。」
晃太は忙しそうにしている健斗を見ながらつぶやいた。
「警察を呼びましょうか?」
健斗はそう言ってくれたけど、水伊勢と名乗らなければならなくなってしまう。健斗は事情があることを察してウイスキーを出してくれた。健斗はバーテンとして様々な人と接している。だから人の顔を見ることは慣れているのだろう。
「失礼ですが、水伊勢さんですか?」
雑誌に載っていた龍司の記事を開き、龍司と似ていると言われた。
「本名は水伊勢晃太と言いますが、普段は佐藤晃太と名乗っています。」
「なるほど。大変ですね。俺は健斗です。気軽に呼んでください。」
夜になり、人が増えてきたのを見計らって店を出た。その日は人込みに紛れて帰ることができたが、次の日、包丁を持った女が押し入ってきた。今思えば観念して警察に行けばよかったのに、BARへ逃げ込んだ。すると、女は包丁を持ったまま店の中まで追いかけてきた。
「健斗、警察呼んで!」
「警察って……うわ、まじか……」
様々な人間模様に出くわしている健斗でも、包丁女を見るのは初めてだったらしい。でも健斗は冷静だった。
「奥行ってろ、晃太。」
「なにするの!?話なんてできないよ!?」
「いいから。向こうへ行ってろ。」
自分の名前を呼びながらただ追いかけてくるだけの気味の悪い女は、健斗を睨みつけていた。
「晃太さんを返してください。」
「落ち着てください。こんなことして何になるんですか。」
「私は晃太さんと一緒にいるんです!ずっとずっと一緒に……!」
「出てってください。迷惑です。」
「晃太さん晃太さん晃太さん……!」
思わず耳を塞ぐと、健斗の叫び声が聞こえた。
「うわぁぁっ……!」
顔を上げると健斗が床に倒れ込んでいた。慌てて駆け寄ると、腹部が真っ赤に染まっていた。沸々と怒りが湧いてきて、包丁女を睨みつけた。
「何してんだよてめぇぇ!」
「っ……違う……違うの!私……違う、私じゃない……!」
自分のものとは思えないようなドスの効いた声が出た。女はわなわな震えながら逃げていく。追いかけようとすると、健斗に腕を掴まれた。
「追いかけるな。これでいい。」
「待ってて。今救急車呼ぶ。助けるから、絶対助けるからね……」
すると、健斗はひょこっと起き上がった。
「じゃーん!」
健斗はラズベリージャムのボトルを晃太に見せた。健斗なりに考えたドッキリだったらしいけど、あの時は全く笑えなかった。運よく女を追い払うことができただけで、本当に血まみれになってもおかしくなかったのだ。泣きながら健斗に謝ると、仕返しだと言ってラズベリージャムを大事なサンチェス=ドマーニのスーツに塗り付けられた。あれは本当の嫌がらせだった。
包丁女からは解放されたが、女に追われてBARへ逃げ込むことは何度もあった。健斗に匿ってもらって、ウイスキーを飲む。そんな生活だった。仕事もせずにただ遊び歩いている自分はもう引き返せないところまできていると自覚していた。だからこのまま適当に女と遊んで酒を飲んで死んでいく人生なのだろうと思っていた。
そんな自分に、健斗は自分に合った生活をしろと言った。見た目を変えるだけで変わると言われ、半信半疑で黒髪に変え、前髪を下ろして顔を隠した。サンチェス=ドマーニはレセプションの時だけにして、普段着るのはビジネススーツにした。すると、ものの見事に女から解放された。浴びるように飲んでいた酒も嗜む程度に抑えられるようになり、生活は一変した。
会社員として始めたばかりの頃は大変だったが、今ではさきのような理想の女性に出会えて、普通の生活を送ることができている。全部健斗のおかげだ。
「ありがとう、健斗。」
晃太は忙しそうにしている健斗を見ながらつぶやいた。



