隣の部署の佐藤さんには秘密がある

 午後の仕事に全集中で取り組んだおかげで、私は定時に会社を出ることに成功した。サンチェス=ドマーニのショップは、会社から歩いて数分のところにあるデパート堂島屋の1階にある。何度も来ているから、目隠しをしてもたどり着けるかもしれない。

「わぁ、素敵……!」

 店頭には新作の黒いワンピースが飾られている。

「宮島さん、いらっしゃいませ。今回の新作もいいですよね。ご試着されますか?」
「お願いしますっ!」

 声をかけてくれたのは店員の三上さんだ。三上さんは私の傾向を知り尽くしている素晴らしい店員さんだ。試着室に入った私は、新作のワンピースをうっとりと眺めた。

 黒いワンピースなのに重くない。裾にはスワロフスキーがちりばめられていて星空のようだ。このまま何時間でも見ていられる。けれどここは試着室。私はよしっと小さくつぶやいてワンピースに袖を通した。

「どうしよう!素敵過ぎて泣きそう!」

 体形の問題はさておき、ワンピースを着た自分は自分でないみたいだ。この着心地は過去一かもしれない。私は鏡に映る自分の姿──というよりも、自分が着ているワンピースをうっとりと眺めた。

「宮島さん、いかがですか?」

 私は外から聞こえてきた声で覚醒した。試着室に入ったら中々出られないことを知っている三上さんは、時間をみて声をかけてくれる。

「これにします。お願いします!」

 サンチェス=ドマーニは高級ブランド。私の少ない給料で買えるものは限られている。新作を買うために何か月もかけて貯金している。だからこれ以上は買うことができない。それなのに三上さんという悪魔は簡単に私を誘惑してくる。

「宮島さん、よろしければアクセサリーもご覧になってください。新作とお揃いのペンダントが入ったんですよ。」
「はい、見ます。」

 新作のワンピースとお揃いのペンダントなんて素敵に違いない。私はアクセサリー売り場へ向かった。

「こちらです。」
「わぁ……」

 新作のワンピースに合わせたペンダントは、周りにあるどのアクセサリーよりも輝いて見える。欲しい、買いたい!でも新作のアクセサリーは高いのだ。私の給料では手が出せない。ショーケースを穴が開くように見ていると──

「佐藤様、いつもありがとうございます!」

 私は驚いて顔を上げた。そこには大量の前髪で顔の見えない人がいた。店員さんが頭を下げている相手は、間違いなく隣の部署の佐藤さんだった。