隣の部署の佐藤さんには秘密がある

 レセプションの翌日、目が覚めるとお昼を過ぎていた。昨日はサンチェス=ドマーニからパジャマに着替えるのが精一杯だった。メイクも髪型もそのままだ。

「はぁ……」

 ハンガーにかかっている新作のワンピースが昨日のことを思い起こさせる。あの爆イケモテ男が佐藤さんであることには驚いたし、急に部屋に誘われたのも困惑した。そしてあの催眠のような色気もなんとかしてくれと思うが、逃げてしまったのはまずかった気がする。だからと言って素直に部屋に行くのも違うと思うし──私はどうすればよかったのだろうか。

 レセプションで見た佐藤さんは苦手だけど、会社の佐藤さんが嫌なわけではない。会社で気まずくなるのは嫌だ。何が正解だったのかわからないけれど、佐藤さんとは今まで通り話せる関係でいたい。

「どうやって話しかけようかな……」

 レセプションの時……なんて切り出したら、みゆきから質問攻めに遭うだろう。みゆきは私が佐藤さんのことを好きだと勘づいているけど、レセプションへ行ったことはなんとなく知られたくない。佐藤さんと話しているところを目撃されたとしても、仕事の話をしているような自然な雰囲気にしたい。

「自然に事務的な感じで……あ、そうか!」

 我ながら素晴らしいアイディアが思い浮かんだ。佐藤さんにレセプションに誘ってもらったお礼をしよう。そうすれば、仮にみゆきに目撃されても、サンチェス=ドマーニを買ってもらったお礼だと言い訳することができる。

「問題は予算だよね。」

 新作のワンピースを買ったばかりで予算は限られている。予算を抑えた贈り物なんてサンチェス=ドマーニにあるのだろうか。

「とりあえず、行ってみよう。三上さんに相談だ!」

 堂島屋にあるサンチェス=ドマーニのショップは、たくさんのお客さんで賑わっていた。三上さんも接客中。私はお店の中をぐるっと一周した後、メンズ売り場を物色した。スーツをプレゼントできたらカッコいいが、そんなことはできない。私の予算の範囲は極めて小さい。

「何がいいんだろ……」

 スーツをぼーっと眺めていると、レセプションで見た佐藤さんの姿が浮かんできた。佐藤さんはとんでもなくカッコよかった。店内に貼られているポスターのモデルよりも、サンチェス=ドマーニを着こなしていた。

「宮島さん?珍しいですね。お休みの日にいらっしゃるなんて。」
「ははは。たまには……はは……」

 土日は混んでるから平日に見るのが好きだと三上さんに話したことがある。実際、土日に来店するのは新作発表の日と重なったときだけだ。三上さんは鋭い。

「贈り物ですか?」
「え?あ、そうですね……ははは」

 いつもレディースの売り場にしがみついている私がメンズ売り場にいるのだからそう思われても仕方ないが、なんだか変な汗が出てしまう。

「予算は抑えた方がいいですよね?」
「そうなんです。私に買えるものはありますか?」
「お相手のお歳は同世代くらいでよろしいですか?」
「はい……」

 三上さんはスタスタと売り場を回って、いくつかの箱を持ってきた。三上さんが開いた箱には、サンチェス=ドマーニらしい派手な色と柄のネクタイが収められている。

「こちらはいかがですか?」
「ネクタイって高くないんですか?」
「物によりますね。こちらは今回の新作に合わせたデザインです。これは高いです。」

 三上さんが見せてくれた価格のタグを見て私は一瞬白目になった。ネクタイ1本でこんなにするのか。

「でもこちらはお持ちだと思います。こちらは、新作よりも少し価格が下がります。その次がこちら……という感じで、価格も様々なんですよ。」

 三上さんは価格がわかるようにタグを並べてくれた。普通はこんなことしないだろう。三上さんの私に対するサービスだ。

「価格帯はどれくらいでしょうか。」
「うーん……これくらいならいけそうです。」
「わかりました。何本かお持ちしますね。」

 三上さんは再び新しい箱を持ってきた。箱の中には色鮮やかなネクタイが並んでいる。どれもサンチェス=ドマーニらしく、昨日の佐藤さんには是非着用して頂きたいが、私が贈りたいのは昨日の佐藤さんではなく、明日会社で会う佐藤さんだ。

「もっと落ち着いた色はありますか?普段使えるような物にしたいんです。」
「わかりました。でしたら……」

 三上さんは新作が並べられている棚からネクタイを持ってきた。新作のネクタイは高額。また白目になりそうだ。