隣の部署の佐藤さんには秘密がある

「もうすぐ乾杯だよ。はい、どうぞ。」
「ありがとうございます……」

　隣にいる軽い男は、ウエイターからドリンクを受け取って私に手渡した。グラスを受け取ると、司会の人のアナウンスでレセプションが開始した。

「かんぱーい。」

　半強制的にグラスを合わせてシャンパンを口にした。このシャンパンが信じられない程おいしかった。何度も口にしていると、グラスを取り上げられた。

「まだ飲んでるんですけど！」
「結構、度数高いからやめておいた方がいい。それより、あれ見てよ。去年の冬に出た靴なんだけど、知ってる？」

　それとなく顔を向けると、男性の足が銀色に光っていた。男性が着用しているスーツはサンチェス＝ドマーニではないのに、なぜか全身がサンチェス＝ドマーニのように見える。

「海外限定で販売された靴ですよね。」
「あれは買えなかったんだよな〜」

「日本でも買えるんですか？」
「海外で買うしかないんだけど。」

　海外向けの物も買えると自慢されて舌打ちしたくなったが、ちょっと羨ましい。

「あれは知ってる？3年前に出た……」
「即日完売したジャケットですね。」
「そう！あれは持ってるんだ～」

　その後も男性の自慢が続き、嫌味だなと思いながらも、結構楽しいと思っている自分がいた。しかし──

「ねぇ、彼女になってくれない？」
「は？」

「今だけ！会場にいる時間だけでいいからさ。」
「なんでそんなことしなきゃいけな……」

　言い終える前に抱きしめられてしまった。

「ちょっ、何するんですか！」
「ちょっとだけだから。」

（ん？）

　Citrus D’amour(シトラスダムール)の香りがする。やっぱりレセプションだから香水もサンチェス＝ドマーニなんだと思っていると、背後から棘のある声が聞こえてきた。

「今日は私と約束したはずでしょ？」
「してない。」
　
　なんとなく背中が痛い。女性が捨て台詞を吐き捨てて立ち去ると、彼はため息をついて私を解放した。

「助かった～ありがとう。」
「女避けなら他の人に頼んでくださいよ。」
「俺は君が……あ、もう一回！」
「えー……」

　結局その後、何度も同じことを繰り返した。女性たちは全員同じようなことを言っている。この人は、本当に約束していないのだろうか。全員が同じように勘違いすることなんてあるのだろうか。

「大変ですね、モテる人は。」
「今日は君がいるからすんなり諦めてくれるよ。」

　モテ男の日常は理解できない。