隣の部署の佐藤さんには秘密がある

「さきちゃん、大丈夫?」

 夢の中に飛び込んできた現実的な声。あかねさんの声だ。

「あ!だっ、大丈夫ですっ!」

 慌てて声が上擦ってしまった。あかねさんが来てくれなかったら、永遠に試着室から出られなかったかもしれない。

「靴はどれがいいかな~こっちから履いてみてくれる?」

 サンチェス=ドマーニの靴がずらりと並んでいる。やっぱり私はシンデレラなのかもしれない。いや、シンデレラは靴を選べない。私はこんなにたくさんの靴の中から選べるのだからシンデレラよりも恵まれている!

「これがいいわね。これにしましょう。」

 靴を履いて鏡の前に立つと、またひとりファッションショーが始まりそうになってしまい、慌てて顔を背けた。

 磯山さんの車に乗った後も頭の中がふわふわしていた。あかねさんにサンチェス=ドマーニで全身コーディネートしてもらうなんて、夢のような時間だった。

「そのストラップ、晃太とお揃いなのね。」

 夢の中にいた私は瞬時に目が覚めた。別れたと言っておきながらお揃いのストラップを付けているのだから、未練があるのがバレバレだ。

「より戻してね?四つ葉のクローバーになるように。」

 佐藤さんもストラップを持ってくれているのだろうか。

「じゃ、レセプションの日に迎えにくるわね。」
「えっ、迎え!?」
「招待したんだからそれくらいしないと。それに、あのドレスじゃ歩けないでしょ?」

 歩くことは想定していなかった。あの格好で電車に乗ることは不可能だ。

「……ありがとうございます。」
「うん。じゃ、またね。」

 部屋の中にはサンチェス=ドマーニの箱が積み上げられている。私は箱の中からドレスを取り出した。狭い部屋の中で広げると、ドレスの海に溺れてしまいそうだ。

「幸せ……」

 これがいくらなのか、私に払える値段なのか……今はそんなことを考えずに、夢の世界へ飛び込もう。そう、私はシンデレラなのだ。

「着ちゃおっかな~ふふふ。」

 その日はひたすらひとりファッションショーを繰り広げた。