ページのすみで揺れていたもの

医師の処置が終わり、彼女はストレッチャーに慎重に乗せられ、救急車に収容されていった。
ハンカチはそのまま止血の固定に使われたまま、彼女は意識を失ったままだった。

見送ることしかできない自分が、もどかしかった。
それでも、確かに“誰かに託せた”ことが、ほんのわずかな救いだった。

気づけば、あの医師がまだそばにいた。

「……私、さっき、何人か見て回りました。
 トリアージで右手首に、マジックで色を書いてます。看護学生なので、正確とは言えないですけど……」

彼は黙ってこちらを見ていた。真っ直ぐな視線に、喉が詰まりそうになる。

「赤が……この先の中央分離帯のところ。外傷と意識レベルで判断しました。
 あと、黄と緑も、それぞれ離れた場所に……」

藤澤「場所、地図に印つけられるか?」

「はい……!」

彼に渡されたマップに、記憶を頼りに印をつけていく。
一人ひとりの顔が、指先と一緒に脳裏に浮かんだ。

藤澤「よくやった。学生でここまでできるのは、正直驚いたよ」

その言葉に、思わず目を見開いた。ちょっと口は悪いけど褒めてくれた。

けれど次の瞬間、彼の視線がふっと鋭くなった。

藤澤「……で、お前は?」

「え?」

藤澤「右腕かばってるだろ。あと、さっき深く息吸い込めてなかった」

私は思わず口をつぐむ。
そうだ。気づいていなかった。いや、気づかないふりをしていた。

「……腕は、さっき誰かを引き上げたときに……。あばらは、当たっただけで……大丈夫です」

藤澤「へえ、“大丈夫”ね。じゃあ、触ってもいいか?」

彼の手が私の腕に伸びた。
指先がそっと右前腕に触れると、そこにじんとした痛みが走る。

「っ……!」

藤澤「腫れてる。下手すりゃヒビいってるな。あばらは?」

息を吸うように言われて、深呼吸してみる。
すると、背中の奥がズキンと痛み、顔をしかめる。

藤澤「……いってるな、こっちも」

淡々とした声。でもその眼差しは、どこまでも真剣だった。一応といって聴診や他の場所も触診等されたが他はとりあえず今は大丈夫か、と。

藤澤「気を張ってりゃ痛みに気づかないのは分かる。けど、お前が潰れたら、それこそ助けられる命が減るんだよ」

言葉は冷たい。でも、心に届いた。

私はその場に座り込んだまま、小さく頷いた。

その瞬間、張り詰めていた糸が切れたように、じんわりと涙が滲んだ。