目の前の現実に、胸の奥がずっと重たい。
「黒」の文字が、頭から離れない。
だけど――立ち止まってはいけない。泣いている時間はない。
私は深く息を吸い、また前へと足を動かす。
耳を澄ませると、かすかに呼ぶ声が聞こえた。
「……たすけて……」
微かな声。だけど、確かに届いた。
声のした方へ向かうと、潰れたワゴン車の後ろで、女性が座り込んでいた。
肩で息をしながら、必死にこちらを見ている。
「大丈夫ですよ。すぐ助けが来ますからね。」と声をかけながら近寄る。
全身を見ると頬に擦り傷、力が抜け重力に抗えずダランとした右腕、そして、
太ももに走る深い裂傷
ガラスか金属か、鋭いもので切られたような傷。そこから血がどくどくと流れていた。
「……やばい……っ」
私は震える手でポケットから自分のハンカチを引き抜く。
ハンカチを押し当て、できるだけ強く圧迫する。
でも、すぐに血は染み出し、手のひらの下から熱が広がっていった。
「お願い、止まって……!」
でも、それだけじゃ足りない。声かけに反応がなく、いつの間にか意識も失っており、顔面蒼白。呼吸も浅く速い。
心の中が焦りで真っ白になっていく。
「どうしよう、どうすればいいの……」
実習では学んだ。止血の方法も、ショックの兆候も。
でも、今は教室じゃない。目の前で、人がどんどん血を流している。
“助けたいのに、私じゃ何もできない”
悔しさで喉が詰まりそうになる。
そのとき、安全用ヘルメットを被り、青いスクラブを来た男の人が「医師の藤澤です!順番に診ていきます!」と大きな声が聞こえた。
「こっち!重症者います!」
声がうわずる。でも声が届いたのかこっちへ走ってくるのが見えた。
藤澤という医師は駆けつけると、鋭い目つきで私と患者を一瞬見比べ、短く言った。
「動かなくていい。そのまま押さえて」
その言葉の通りにする。その人はすぐさま医療バッグを開き、プロの動きで器具を取り出す。負傷者へ声をかけながらテキパキと処置をしていく。あんなに血が止まらなかったのにあっという間にほとんど止血できている。
すると私の方に向かって
「…よく頑張ったな」
小さく呟かれたその一言に、私の胸がぎゅっと締め付けられる。
気が抜けたように、膝から力が抜け尻もちをついた。息が漏れる。涙は出なかった。ただ、自分の手の中にあった命を、ようやく誰かに託せた安心感があった。
「黒」の文字が、頭から離れない。
だけど――立ち止まってはいけない。泣いている時間はない。
私は深く息を吸い、また前へと足を動かす。
耳を澄ませると、かすかに呼ぶ声が聞こえた。
「……たすけて……」
微かな声。だけど、確かに届いた。
声のした方へ向かうと、潰れたワゴン車の後ろで、女性が座り込んでいた。
肩で息をしながら、必死にこちらを見ている。
「大丈夫ですよ。すぐ助けが来ますからね。」と声をかけながら近寄る。
全身を見ると頬に擦り傷、力が抜け重力に抗えずダランとした右腕、そして、
太ももに走る深い裂傷
ガラスか金属か、鋭いもので切られたような傷。そこから血がどくどくと流れていた。
「……やばい……っ」
私は震える手でポケットから自分のハンカチを引き抜く。
ハンカチを押し当て、できるだけ強く圧迫する。
でも、すぐに血は染み出し、手のひらの下から熱が広がっていった。
「お願い、止まって……!」
でも、それだけじゃ足りない。声かけに反応がなく、いつの間にか意識も失っており、顔面蒼白。呼吸も浅く速い。
心の中が焦りで真っ白になっていく。
「どうしよう、どうすればいいの……」
実習では学んだ。止血の方法も、ショックの兆候も。
でも、今は教室じゃない。目の前で、人がどんどん血を流している。
“助けたいのに、私じゃ何もできない”
悔しさで喉が詰まりそうになる。
そのとき、安全用ヘルメットを被り、青いスクラブを来た男の人が「医師の藤澤です!順番に診ていきます!」と大きな声が聞こえた。
「こっち!重症者います!」
声がうわずる。でも声が届いたのかこっちへ走ってくるのが見えた。
藤澤という医師は駆けつけると、鋭い目つきで私と患者を一瞬見比べ、短く言った。
「動かなくていい。そのまま押さえて」
その言葉の通りにする。その人はすぐさま医療バッグを開き、プロの動きで器具を取り出す。負傷者へ声をかけながらテキパキと処置をしていく。あんなに血が止まらなかったのにあっという間にほとんど止血できている。
すると私の方に向かって
「…よく頑張ったな」
小さく呟かれたその一言に、私の胸がぎゅっと締め付けられる。
気が抜けたように、膝から力が抜け尻もちをついた。息が漏れる。涙は出なかった。ただ、自分の手の中にあった命を、ようやく誰かに託せた安心感があった。

