ページのすみで揺れていたもの

少女と別れ、私は再び走り出す。
トンネルの奥はまだ薄暗く、埃と焦げた匂いが鼻を突く。

少し先、車の下で動かない人影が見えた。

「……!」

私は駆け寄り、しゃがみ込む。
男性。作業着姿。うつ伏せで倒れ、肩のあたりに血が広がっている。

「すみません!聞こえますか……!」

声をかけながら肩に手を添え、慎重に仰向けにしようとする。

顔色は青白く、唇に色はない。
呼吸の音は――しない。
胸も上下していない。

私は震える指先で頸動脈に触れる。

……脈、なし。

念のため、もう一度。場所を少しずらして、深く集中する。

……やっぱり、ない。

呼吸も脈も、ない。

「……」

こういう人もいることは分かっていたつもりだったのに、実際目の当たりにして心の中で何かが崩れる音がした。
それでも私は、手を震わせながら油性ペンを取り出す。

「黒」

ゆっくりと、彼の手首にそう書いた。

その手は、もう温もりを失いかけていた。でも、首や胸付近は温かい。さっきまで生きていたんだと実感させる温かさ。

「……ごめんなさい……」

この一言しか言えなかった。

私の力では、どうすることもできない命がここにある。
涙をこらえながら、私は立ち上がった。