たまご粥を食べ終える頃には、身体の内側がじんわり温まっていた。
「ごちそうさまでした」
藤澤「全部食えたな」
「量少なかったですから」
藤澤「昨日ほとんど食べれてないだろうから少なめでも食べれるだけ十分」
藤澤先生が私の前から器を取る。
「あ、置いといてください。後で洗うので」
藤澤「いいから休んでろ」
「でも作ってもらった上に洗い物まで――」
藤澤「須藤」
「……はい」
藤澤「食休み」
有無を言わせない口調に、私は大人しくソファの背もたれに身体を預けた。
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
藤澤「そういうの、昨日から上手くなってきたな」
「成長しました」
藤澤「その調子で頼むわ」
先生はそう言って、食器を持ってキッチンへ向かった。
少しして、水の流れる音が聞こえてくる。
私はソファに身体を預けたまま、ぼんやり天井を眺めた。
熱は下がったとはいえ、身体にはまだ薄く重さが残っている。
お腹が満たされたせいもあるのか、何も考えずにこのままもう一度眠ってしまえそうだった。
キッチンから聞こえてくる水音も、妙に心地いい。
――できれば、ずっと洗っててくれないかな。
そんなことを考えているうちに、水の音が止まった。
……終わった。
藤澤先生が食器を水切りかごに置いて、手を拭く。
そして。
藤澤「よし」
その一言に、嫌な予感がした。
私は反射的に視線を逸らした。
先生がキッチンから戻ってくる。
藤澤「そろそろ行くか」
「…………」
来た。
できるだけ考えないようにしていた言葉。
さっきまで美味しかったたまご粥が、一気に胃の中で重くなった気がした。
「……どこに?」
藤澤「その質問する?」
「一応」
藤澤「病院」
やっぱり。
分かっていた。
昨日、自分で頑張ってみると言った。
今朝の熱だって、微熱まで下がった。
身体は少し重いけれど、歩けないほどじゃない。
行けない理由なんて、どこにもない。
――だから困る。
「……もうちょっと食休みしません?」
藤澤「十分した」
「消化って結構時間かかりますよ」
藤澤「病院までの車でも休める」
「食後すぐ車乗ると酔うかもしれないし」
藤澤「運転ゆっくりする」
全部、潰される。
「……先生」
藤澤「ん?」
「今日じゃなきゃダメですか?」
ついに真正面から聞いてしまった。
藤澤先生は呆れるでもなく、怒るでもなく。
少しだけ私を見つめた。
藤澤「やっぱり怖くなった?」
図星だった。
私は答えず、膝の上で指を組む。
「……昨日は熱で頭回ってなかったのかも」
藤澤「39度の勢いで決意した?」
「そうかもしれません」
藤澤「じゃあ今、もう一回決めればいい」
思わず顔を上げた。
藤澤「俺は無理やり連れてくつもりはないよ」
声は穏やかだった。
藤澤「ただ、昨日話したことは、熱が下がったからなくなるわけじゃない」
「……はい」
藤澤「白血球の異常も、今までの症状も、一回ちゃんと調べた方がいいっていうのは変わらない」
分かっている。
看護師だから。
本当は、誰より分かっている。
藤澤先生は少し屈んで、私と目線を合わせた。
藤澤「逃げ腰でも頑張ってみるんだろ?」
昨日、自分で言った言葉。
こんなところで返されるなんて。
「……覚えてたんですね」
藤澤「昨日の話だぞ」
「忘れてくれててもよかったのに」
藤澤「都合いいな」
少し笑われる。
私も、小さく息を吐いた。
怖い。
行きたくない。
このまま何も知らずにいられるなら、その方がずっと楽だと思う。
それでも――。
一人で行くわけじゃない。
「……先生」
藤澤「ん?」
「ちゃんと、一緒に来てくれるんですよね」
藤澤「そのためにいるんだけど」
当たり前みたいに返ってきた。
その言葉に、ほんの少しだけ勇気が出る。
「……じゃあ」
私は重たい身体をソファから起こした。
「準備、してきます」
藤澤「うん」
「ごちそうさまでした」
藤澤「全部食えたな」
「量少なかったですから」
藤澤「昨日ほとんど食べれてないだろうから少なめでも食べれるだけ十分」
藤澤先生が私の前から器を取る。
「あ、置いといてください。後で洗うので」
藤澤「いいから休んでろ」
「でも作ってもらった上に洗い物まで――」
藤澤「須藤」
「……はい」
藤澤「食休み」
有無を言わせない口調に、私は大人しくソファの背もたれに身体を預けた。
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
藤澤「そういうの、昨日から上手くなってきたな」
「成長しました」
藤澤「その調子で頼むわ」
先生はそう言って、食器を持ってキッチンへ向かった。
少しして、水の流れる音が聞こえてくる。
私はソファに身体を預けたまま、ぼんやり天井を眺めた。
熱は下がったとはいえ、身体にはまだ薄く重さが残っている。
お腹が満たされたせいもあるのか、何も考えずにこのままもう一度眠ってしまえそうだった。
キッチンから聞こえてくる水音も、妙に心地いい。
――できれば、ずっと洗っててくれないかな。
そんなことを考えているうちに、水の音が止まった。
……終わった。
藤澤先生が食器を水切りかごに置いて、手を拭く。
そして。
藤澤「よし」
その一言に、嫌な予感がした。
私は反射的に視線を逸らした。
先生がキッチンから戻ってくる。
藤澤「そろそろ行くか」
「…………」
来た。
できるだけ考えないようにしていた言葉。
さっきまで美味しかったたまご粥が、一気に胃の中で重くなった気がした。
「……どこに?」
藤澤「その質問する?」
「一応」
藤澤「病院」
やっぱり。
分かっていた。
昨日、自分で頑張ってみると言った。
今朝の熱だって、微熱まで下がった。
身体は少し重いけれど、歩けないほどじゃない。
行けない理由なんて、どこにもない。
――だから困る。
「……もうちょっと食休みしません?」
藤澤「十分した」
「消化って結構時間かかりますよ」
藤澤「病院までの車でも休める」
「食後すぐ車乗ると酔うかもしれないし」
藤澤「運転ゆっくりする」
全部、潰される。
「……先生」
藤澤「ん?」
「今日じゃなきゃダメですか?」
ついに真正面から聞いてしまった。
藤澤先生は呆れるでもなく、怒るでもなく。
少しだけ私を見つめた。
藤澤「やっぱり怖くなった?」
図星だった。
私は答えず、膝の上で指を組む。
「……昨日は熱で頭回ってなかったのかも」
藤澤「39度の勢いで決意した?」
「そうかもしれません」
藤澤「じゃあ今、もう一回決めればいい」
思わず顔を上げた。
藤澤「俺は無理やり連れてくつもりはないよ」
声は穏やかだった。
藤澤「ただ、昨日話したことは、熱が下がったからなくなるわけじゃない」
「……はい」
藤澤「白血球の異常も、今までの症状も、一回ちゃんと調べた方がいいっていうのは変わらない」
分かっている。
看護師だから。
本当は、誰より分かっている。
藤澤先生は少し屈んで、私と目線を合わせた。
藤澤「逃げ腰でも頑張ってみるんだろ?」
昨日、自分で言った言葉。
こんなところで返されるなんて。
「……覚えてたんですね」
藤澤「昨日の話だぞ」
「忘れてくれててもよかったのに」
藤澤「都合いいな」
少し笑われる。
私も、小さく息を吐いた。
怖い。
行きたくない。
このまま何も知らずにいられるなら、その方がずっと楽だと思う。
それでも――。
一人で行くわけじゃない。
「……先生」
藤澤「ん?」
「ちゃんと、一緒に来てくれるんですよね」
藤澤「そのためにいるんだけど」
当たり前みたいに返ってきた。
その言葉に、ほんの少しだけ勇気が出る。
「……じゃあ」
私は重たい身体をソファから起こした。
「準備、してきます」
藤澤「うん」

