ページのすみで揺れていたもの

ドアの向こうから藤澤先生の足音が遠ざかっていく音を、
私は息をひそめて聞いていた。

引き止めたかった。
言い訳なんていらなかった。
ただ、名前を呼べばよかった。

でも、できなかった。

言葉が、どうしても喉を通らなかった。

(……私が勝手に距離を取ったんだ)

“患者としてしか見られていない”なんて、
そんなの、ただの思い込みだったのかもしれない。

自分から頼ったくせに。
少しでも特別に思われたくて、
でもそうじゃないと気づいた途端、勝手に逃げて――

(私、何がしたかったんだろう)

ソファに座ったまま、ひざを抱えて丸くなった。

昨日まで確かに感じていた温もりが、
まるで嘘だったみたいに、指先から冷めていく。



それから数日、
私は意識的に藤澤先生と顔を合わせないようにした。

電話は来たが“寝てました”とメールを送る。

仕事もない日々。
部屋の中で時間だけが過ぎていった。

だけど、体調は――悪くなる一方だった。

微熱。
疲れやすさ。
朝起きても、頭が重くて体がだるい。

それでも、“風邪が治りかけなだけ”と自分に言い聞かせた。

(気のせい。そんな大げさな話じゃない)

だけど――
洗面所でふと鼻血が出た日。

「……また?」

脱脂綿で押さえても、なかなか止まらなかった。

10分、20分……時計の針が進むのに、
滴る赤は、静かに続いていた。

手を伝う血の感触が、
私の“まだ大丈夫”という思い込みを
じわじわと崩していくようだった。

(……やっぱり、変だ)

それでも、
“病院へ行こう”とは、思えなかった。

(今さら行ったって……何て言えばいいの?)

ドアの外にも、スマホの中にも、
“頼れる誰か”がいるのに――
私はまた、誰にも何も言えずにうずくまっていた。