ページのすみで揺れていたもの


呼び出し音が数回鳴ったあと、
相手はすぐに出た。

藤澤『――須藤?』

「あ……おはようございます。昨日はありがとうございました」

藤澤『……ああ、いや、ちょっと待って。今、急患来て――』

背後にバタバタとした足音と、救急カートの音が混じって聞こえた。

藤澤『悪い、またあとで電話する』

そう言って、通話はあっさりと切れた。

私は、しばらくスマホを耳に当てたまま、
切れた通話音を聞きながら、微かに唇を噛んだ。

(……そうだよね、先生には“私”だけじゃない)

「患者」だから、気をかけてくれた。

「医療者同士」だから、少し距離が近かっただけ。

でもそれ以上じゃない。

私は、誰よりもよく知ってる。
人を救おうとする人たちが、どれだけたくさんの“誰か”を背負っているか。

(……だから私は、“面倒くさい、手のかかる患者”の一人でしかないんだ)

午後になっても、夜になっても、電話は来なかった。

そして、次の日の朝。
目覚めてスマホを見ると、一通のメールが届いていた。

⸻

藤澤『電話できなくてごめん。落ち着いたのが夜遅かったから、メールにした。
悪夢は見なかったか? とりあえず、発作後なんだから、今日はゆっくりしろよ』

⸻

丁寧で優しい言葉。
それなのに――
どこか「他人行儀」に感じてしまう自分が嫌だった。

昨日の夜、あんなにそばにいてくれたのに。

今日の私は、ただの患者。

手のかかる、
“少しだけ、関わりが深いだけの”患者。

それだけなんだ――
そう思った瞬間、
胸の奥に、重たい沈黙が広がっていった。