ページのすみで揺れていたもの

「座れ」

そう言って、藤澤は私をソファへと導いた。
ようやく呼吸が落ち着いてきた頃で、
身体の震えもだいぶ収まっていた。

藤澤は私の隣に腰を下ろすと、少し間を置いてから
ぽつりと、冗談みたいなことを言った。

藤澤「……初めてくれた連絡は“暇電”じゃなかったな」


「……そうですね。さすがに暇電する勇気はないです」

私も釣られて冗談っぽく話す。

藤澤も、それに合わせて小さく笑ったあと、
真面目なトーンに戻って続けた。

藤澤「でも――助けてって、ちゃんと呼んでくれてよかったよ」

「……」

藤澤「普段から何でもない顔してんの、知ってる。
 だからさ。言ってくれなきゃ、俺にも気づけねぇから」

その言葉に、また胸の奥がじんわりと熱くなる。

ソファでゆっくりしていると、


彼はテーブルに置かれた吸入器をちらりと見た。

「で? 今回の発作の引き金は?喘息発作は夜から早朝に起こりやすいのはあるけど、そんな感じ?」

少し迷って、私は息を吐いた。

「夢を見たんです。」

藤澤「夢?」

「……先生、5年前に……
 群馬で起きたトンネル事故のこと、知ってますか?」

藤澤は、少しだけ顔を上げて私を見た。

藤澤「……ああ、トンネルの一部が崩壊したことをきっかけに事故が多発。大勢の負傷者が出た事故だろ?」

私は一つ、深く呼吸してから言葉を続けた。

「……はい。その事故です。
私はその時実習の帰り道でトンネルの中にいて……
 最初は何が起きたのかも分からなかったけど、気づいたら人が倒れてて。
 ……後から腕と肋骨にヒビが入ってたことが分かったんですけど、そのときは痛みとか、何も分からなくて。
 ただ、助けなきゃって、それだけで……」

言葉にしながら、
あの時の空気と、自分の荒い息遣いが蘇ってくる。

「トリアージのこと、学校で習ってたから、
 とにかく目についた人から、状態を見て。
 マッキーで手首に“赤”とか“黄”とか、“黒”とか書いて」

その単語を口にするとき、
少しだけ指先が震えた。

「……でも、途中で対応してた人が、大量出血で。
 どうにも止められなくて……
 そのときに、誰かが来てくれたんです。
 スクラブを着て安全ヘルメットを被った医師でした。
 その先生が来て、代わりに処置してくれて……」

そこまで話して、ふっと息を吐く。

横で藤澤は、黙って私を見ていた。

表情に大きな変化はないけれど、
その目の奥で、何かが動いている気がした。

私は続けた。

「その日命の儚さと重さが分かりました。
今でも時々夢に出てくるんです。血だらけで、冷たい体で横たわる人の姿や.....(助けてくれた人が目の前で亡くなった姿を)」
そこまで話して息が詰まる。


隣にいた藤澤は、ほんのわずかに目を伏せて言った。

藤澤「……辛かったな」

とクシャっと頭を撫でられる。