ページのすみで揺れていたもの

玄関のチャイムが鳴った。

体はまだ重くて、呼吸は浅く、
何かに押しつぶされるような苦しさが残っていた。

(……来てくれた)

その事実だけが、体をほんの少し動かす勇気をくれた。

私は、床を這うように玄関へ向かった。
壁に手をつき、鍵に手を伸ばす。

指先が震えて、何度も空振りしたけれど、
どうにか回して、ドアを少しだけ開けた。

「……藤澤……先生……」

ほとんど声にならない声。

でも、彼はもうそこにいた。

扉を開けてすぐ、足元に転がっている吸入器を見つけると、
無言でそれを拾い上げ、キャップが外されているのを確認した。

藤澤「吸えたんだな。……えらい」

そう小さく言って、すぐに膝をつき、私の肩をそっと支えた。

藤澤「ゆっくり、……吸って、吐いて」

彼の声が、少し低く、でも揺れないトーンで響く。

藤澤「……吸って。……吐いて。俺と一緒に」

私の呼吸に合わせて、彼もそばで同じリズムを刻んでくれる。

その繰り返しの中で、
少しずつ、咳の回数が減っていった。

呼吸音はまだ荒くて、胸の奥からヒューヒューという音が漏れている。
でも、最初の“吸えなさ”に比べたら、明らかに改善していた。

気づけば、いつのまにか彼の首から下がった聴診器が私の胸に当てられていた。

「喘鳴はあるけど、とりあえず大丈夫かな。吸入もしてるし落ち着くはず」

そのまま藤澤は無言でポケットからパルスオキシメーターを取り出し、私の指に装着する。

画面に表示された数値を一瞥すると、
軽く頷いた。

藤澤「SpO2、今94。
ちょっと低いけど酸素するほどでもないか。
よく頑張ったな」

私は、何も言えなかった。

ただ、目の奥がじんわり熱くなって、
もう何も考えられなくなりそうだった。

でも――
“ちゃんと来てくれる人がいる”って、
それだけで、今夜の呼吸が繋がっていた。