ページのすみで揺れていたもの

ドアを開けると、やっぱりそこに立っていたのは藤澤先生だった。

「……あ。こんにちは」

藤澤「たまたま、近くまで来たから」

いつもの言い訳。
でも、その目はすでに、私の顔を真っ直ぐ見ていた。

藤澤「顔、ちょっと赤いな」

「え、そんなこと……ないと思いますよ?」

藤澤「いや。ある」

視線が鋭くなる。

藤澤「声も枯れてる。
 ……お前、熱あるな?」

「ないですって。ちょっと寝てたから、むくんでるだけです」

藤澤「……ちょっと待ってろ」

唐突にそう言うと、彼はそのまま踵を返して外に出た。

「えっ、ちょ……どこ行くんですか?」

返事はなく、すぐ階段を降りていく足音だけが聞こえた。

数分後、戻ってきた藤澤の手には――黒い往診バッグ。

「まさか、それ……」

藤澤「車に置いてあった」

「……いつも?」

藤澤「まあな。いつ呼ばれてもいいように」

それを“お前のためじゃない”とは、もう言わなかった。

ソファに腰を下ろした私の前で、
藤澤先生は無言で往診バッグを開いた。

中から取り出したのは、体温計と聴診器。
仕事中の表情で、手際よく準備を進めていく。

「……なんか、本当に診察される側になるの、変な感じですね」

藤澤「これから慣れることになるかもな。
はい、体温計脇に挟んで」

重い雰囲気にならないように茶化しながらいってくる。
観念して体温計を受け取り、脇に挟んでしばらく。

沈黙が気まずくて、私は視線をそらしたまま数十秒をやり過ごした。

ピピッと音が鳴ってすぐ、私はさっと体温計を引き抜いて、
表示を確認する前に、藤澤に向かって言った。

「37.0。平熱です!」

その言い方があまりにも不自然だったのか、
藤澤の眉がわずかに上がる。

藤澤「……見せてみ」

「え、もうしまいました」

藤澤「見せろ」

「ほんとに37.0でしたって!」

その瞬間、彼の手がすっと伸びてきて、
私の手から体温計をあっさり奪い取った。

しかしすでに表示を消していた私は勝ち誇った顔をしていると

彼は無言でその体温計の電源を入れ表示を確認してすぐに短く言った。

藤澤「……37.9。嘘つくな」

「え……」

藤澤「バレないと思ったのか?病院でも患者の体温測ったら次電源入れた時最後の体温表示されるだろ。」

「あ」

小さくため息をついた藤澤は、次に聴診器を手に取った。

藤澤「服、めくって。胸の音聞くから」

「……え、ちょ、待ってください」

藤澤「何を」

「心の準備というか、恥ずかしいというか……」

藤澤「なにを今さら」

そう言いながらも、声のトーンはほんの少しだけ優しくなっていた。

藤澤「服めくるのなんて一瞬だろ。何人に同じこと言ってきたと思ってんだ」

「それは患者さんだからで……私は……」

言いながら自分で言葉に詰まる。

藤澤「今、お前は患者だ」

静かに、でもはっきりとしたその言葉に、
胸の奥がふっと締めつけられるような気がした。

私が黙っておへそくらいまで服をめくると、藤澤は何も言わずに聴診器をスルッと入れてきた。

冷たさにびくっとしそうになるのを、なんとか耐える。

不思議な感覚だった。
自分が“診られる”ことが、こんなに恥ずかしくて、不安で、心細いなんて――
きっと、今までの私は全然わかってなかった。