ページのすみで揺れていたもの

しばらく沈黙が続いた。

お互いに、言葉を探していたのかもしれない。
あるいは、もうこれ以上何も言わなくていいと思っていたのかもしれない。

やがて藤澤先生が、ゆっくりと立ち上がった。

藤澤「……そろそろ帰るわ」

玄関に向かうわけでもなく、ただ窓の外を一度見てから、静かに言った。

藤澤「少し話せてよかった。
 顔色も、思ってたより悪くなかったし。
 まあ――連休を謳歌してるみたいだし?」

すっかり冷めた紅茶をみながら、ちょっとだけ茶化すような言い方だったけど、
それが逆に、気を遣わせていない証拠にも思えて、私は小さく笑った。

「……すみません。変なところまで来させて」

藤澤「気にすんな。俺が勝手に来ただけ。」

そう言って、彼はくるりと踵を返しかけて――ふと、立ち止まった。

そして、何の前触れもなく、
私の頭にぽん、と手を置いた。

藤澤「……まあ、なんとかなるだろ」

そう言って、手をくしゃっと動かした。
まるで、緊張した子どもをあやすみたいな、不器用な撫で方。

でも――その瞬間。

脳裏に、あのときの記憶がよみがえった。

トンネルの中で、誰にも気づかれない中、
血に染まった人を助けようとしていた自分に、
そっと背中を押してくれたあの声。

そして、あのときも。

「よくやった」と私の頭に、
同じように、不器用な手が触れたのを――確かに覚えていた。

(……まさか)

心臓が、一拍遅れて高鳴る。

私はそのまま立ち尽くしたまま、
彼の背中が玄関の向こうへと消えていくのを見送った。

苗字が一緒なだけと今まで核心には触れてこなかった。
でも、どこかで「そうかもしれない」と思っていた。

藤澤先生があの時の医師?

その時から意識するようになっていった。