ページのすみで揺れていたもの

面談室つでの話のあといつのまにか藤澤先生は部屋を出ていて、私も看護師に病室へ送ってもらっていた。
病室のカーテンは、閉めていても時間の流れを教えてくれる。
照明を消したあと、ただ天井の明かりの輪郭を見つめながら、私は一晩中、眠れなかった。

白血球の数値。
「白血病の可能性がある」という、あの言葉。
静かな声で語られたその内容が、何度も頭の中で反復されていた。

何かを考えようとしても、うまく形にならない。
でも、心のどこかが確かにざわついていた。

――もう、いつもの日常には戻れないかもしれない。

深夜3時を過ぎた頃。
私はそっとベッドを抜け出した。

そのまま病衣で出ようとしたが、ナースステーションに気づかれたらすぐに戻される。
ロッカーに置いてあった私服をそっと羽織り、スニーカーを履いて静かに扉を開けた。

足音をできるだけ立てないように、階段を下りて、正面玄関とは違う裏の職員通用口を抜けた。
風が、夜の湿度と共に肌に触れた。

病院の外は、まだ真っ暗だった。
けれど、遠くの空がわずかに白み始めている。

自販機の横にあるベンチに座って、深く息を吸い込む。

冷たい空気が肺に広がる。
“ああ、私、まだ生きてるんだ”――
トンネル事故以降久しぶりにちゃんと生きていることを感じた。普段から持っている事故日の日記を見る。

そこから自分の生きてきた証を読み進める。

どれくらいそうしていたのか分からない。

ポケットに入れていたスマホが震えた。
着信画面には、病院の番号。そして次に、師長の名前が表示される。

(……やっぱり、バレた)

一度ためらってから、電話に出る。

「……もしもし」

『須藤!?あんた、どこにいるの!?今すぐ戻りなさい!』

「すみません、師長……戻れません」

一拍、電話の向こうが静かになった。

『……え? どういうこと?』

「……一晩、考えてました。
 あのままじゃ何も整理できなくて。
 でも今、ちょっとだけ……気持ちが決まりました」

『ちょっと待って、何がどういうことか、戻って話さないと――』

「――戻れません。私、ちゃんと決めました。
朝にはもう一度連絡します。
 本当に、すみません。今までお世話になりました」

そう言って、私は通話を切った。

震える手でスマホをポケットにしまい、深呼吸をひとつ。

そしてまた、東の空を見上げた。

夜明けは、すぐそこまで来ていた。