ページのすみで揺れていたもの

ひと通りの検査が終わり、私は入院病棟へと移された。
病室は4人部屋。カーテン越しに他の患者の気配がするけれど、
自分の身体の痛みとぼんやりした頭のせいで、周囲に意識を向ける余裕はなかった。

しばらくして、ひとりの病棟看護師がやってきた。

「須藤愛実さんですね。入院の手続きと情報をいくつか確認させてくださいね」

「あ……はい」

いつもなら自分が聞いている側の質問。
でも今日は、それに“答える側”だった。

「かかりつけの病院はありますか?」

「……特には」

「飲んでいる薬、サプリメントなどは?」

「ないです」

「アレルギーや既往歴は?」

「……ありません」

一問一答のやり取りが続く。
それが当たり前の手順なのは分かっている。
でも、どこか妙に“他人事”のような感覚がしていた。

カルテに情報が打ち込まれていく音。
私がいつもやっている“あの作業”を、今は私がされる側にいる。

(……なんか、変な感じ)

小さくため息を吐いたときだった。
カーテンがそっと開いた。

「須藤さん」

低く落ち着いた声。
藤澤先生だった。

急外ではスクラブだけのことが多いが、その上に白衣を着た彼は、何かのファイルを手に持って入ってきた。
いつもとそこまで変わらない姿――のはずなのに、その表情は少し硬かった。

「あ……先生」

藤澤「血液検査の結果、出たから説明に来た。ちょっといいか」

その声に、胸がきゅっと締めつけられた。

いつもなら、患者さんのことだから「大丈夫ですよ、説明お願いします」って、笑って答える側だった。

でも今日は、自分のことだ。

そして何より――
先生の目が、いつもの冷静さと、ほんの少しだけ違って見えた。

何かを言い出そうとして、まだ口にしていない。
けれど、何かあるんだってことだけは、もう分かっていた。