あの夜勤からちょうど一ヶ月が経ったころだった。
私の体調は、あの日の夜勤以降もずっと安定していた。
――そう思っていた。
その日は朝からなんとなく身体が重くて、制服の袖を通すときに妙なだるさを感じた。
でも、体温は平熱。業務に支障が出るほどでもなかった。
日勤が終わる頃には、頭も少しぼんやりしていて、口数も減っていたと思う。
更衣室で着替えながら、自分の動きが明らかにゆっくりしていることに気づいた。
(……なんか、変だな)
誰に言うでもなく、心の中だけで呟いた。
制服から私服に着替え、荷物を抱えて職員用の通用口へ向かう。
もう一歩、もう一歩――そう念じるように歩く足は、いつもより重かった。
そして、エレベーターホールを抜けたその時だった。
ちょうど目の前の角を曲がってきたのが、藤澤先生だった。
彼はいつも通りの白衣姿で、ポケットにはPHS。
(そういえば今日は藤澤先生が当直だっけ)
そんなこと思っていると
藤澤「……おい、須藤」
彼の声に立ち止まる。
その瞬間、自分の顔に力が入っていないのがわかった。頬がひんやりしていた。
藤澤「……どうした、その顔色。日勤終わりか?」
「……はい。帰るところです」
藤澤「やめとけ。お前、今自分で鏡見たら引くぞ」
冗談めかした口調だったけど、目は真剣だった。
藤澤「ちょっと診るから、外来来い」
その一言に、思わず返事を詰まらせた。
「……いや、たぶん大丈夫なんで……」
藤澤「いいから。自分じゃ気づかない時が一番危ない」
そう言って、彼が歩き出そうとしたとき、PHSがけたたましく鳴った。
「……っ、はい、藤澤です。……わかった、すぐ向かう」
PHSをしまうと、すぐに彼の顔が引き締まった。
「急患来る。悪い、後で救外に――」
彼がそう言いかけたその隙に、私は軽く頭を下げた。
「大丈夫です。お気になさらず……先生、行ってあげてください」
そう言って、逃げるようにその場を離れた。
背後で藤澤が何か言いかけた気がしたけれど、私はもう振り返らなかった。
歩くたびに胸がざわついた。
“逃げた”という自覚が、重く身体に残った。
私の体調は、あの日の夜勤以降もずっと安定していた。
――そう思っていた。
その日は朝からなんとなく身体が重くて、制服の袖を通すときに妙なだるさを感じた。
でも、体温は平熱。業務に支障が出るほどでもなかった。
日勤が終わる頃には、頭も少しぼんやりしていて、口数も減っていたと思う。
更衣室で着替えながら、自分の動きが明らかにゆっくりしていることに気づいた。
(……なんか、変だな)
誰に言うでもなく、心の中だけで呟いた。
制服から私服に着替え、荷物を抱えて職員用の通用口へ向かう。
もう一歩、もう一歩――そう念じるように歩く足は、いつもより重かった。
そして、エレベーターホールを抜けたその時だった。
ちょうど目の前の角を曲がってきたのが、藤澤先生だった。
彼はいつも通りの白衣姿で、ポケットにはPHS。
(そういえば今日は藤澤先生が当直だっけ)
そんなこと思っていると
藤澤「……おい、須藤」
彼の声に立ち止まる。
その瞬間、自分の顔に力が入っていないのがわかった。頬がひんやりしていた。
藤澤「……どうした、その顔色。日勤終わりか?」
「……はい。帰るところです」
藤澤「やめとけ。お前、今自分で鏡見たら引くぞ」
冗談めかした口調だったけど、目は真剣だった。
藤澤「ちょっと診るから、外来来い」
その一言に、思わず返事を詰まらせた。
「……いや、たぶん大丈夫なんで……」
藤澤「いいから。自分じゃ気づかない時が一番危ない」
そう言って、彼が歩き出そうとしたとき、PHSがけたたましく鳴った。
「……っ、はい、藤澤です。……わかった、すぐ向かう」
PHSをしまうと、すぐに彼の顔が引き締まった。
「急患来る。悪い、後で救外に――」
彼がそう言いかけたその隙に、私は軽く頭を下げた。
「大丈夫です。お気になさらず……先生、行ってあげてください」
そう言って、逃げるようにその場を離れた。
背後で藤澤が何か言いかけた気がしたけれど、私はもう振り返らなかった。
歩くたびに胸がざわついた。
“逃げた”という自覚が、重く身体に残った。

