ページのすみで揺れていたもの

4月の医師の異動から、あっという間に5月、6月と月日が過ぎた。
桜は青葉に変わり、制服に袖を通す朝にも初夏の陽射しが感じられるようになった。

新しい医師が入ったことで、救急外来の体制はやや変わった。
手際がいい人だと評判だった。判断も早くて無駄がなく、でも患者への対応は冷静で的確だった。

藤澤先生。

その名前は、今ではもう当たり前のように病院内で聞こえる。

私も何度もシフトで一緒になった。
処置を手伝い、搬送対応をし、時には申し送りをする。
業務上の会話はある。でも、それだけ。

「藤澤先生、この患者さん、Dダイマー高値です。追加検査しますか?」

「ああ、じゃあ超音波検査入れとく。その結果次第でカプロシン皮下注の指示入れるって入院の病棟に送っといて。指示入れる時は電話するからって。」

そんなふうに、必要な会話を、必要な分だけ交わす。
彼は常に淡々としていて、過剰に関わろうとはしてこない。
でも、不思議と冷たいとは思わなかった。

“あの人なのかもしれない”――
そう思うことは何度もあったけれど、確信が持てなかった。

彼が、私を見て何か思い出したような素振りは一度もなかった。

私も、何も言わなかった。
だって、もし違っていたら――その勘違いは、あまりにも痛すぎるから。

そんな日々が、2ヶ月、3ヶ月と、何の進展もないまま過ぎていった。

でもその間にも、日々は続いていた。
目の前には常に患者がいて、命と向き合う時間が流れていく。

変わらない毎日。
でも、その“変わらなさ”の中に、どこか小さな違和感だけが残り続けていた。

それは、たぶん私だけじゃない。
きっと、彼の中にも――ほんの少しだけ、同じものがあったのかもしれない。