「どれにされますか?」
「えっと…チーズドリアでお願いします」
「かしこまりました」
少しお待ちくださいね、と口角を上げたその笑顔に私はキュンとした。
私、神楽木優花は社会人になって早3年。
後輩ができ、少しずつ任されることも増えてきて、忙しい毎日。
オフィスラブに憧れていたけど、そんなドラマみたいなこととは無縁の、平凡な日常を送っていた。
そんなある日、会社近くの広い公園にオープンしたキッチンカーのお店『スカイ・バル』の店員さんに私は恋をした。
年齢は、見た感じ私より少し上、30歳くらい。
二重の優しい瞳に、色白の肌。
きちんと整えられた少し茶色がかった髪。
エプロンを付けた姿に、気づいたら私は見惚れていた。
それから、お昼休みにはスカイ・バルに通う日々。
平凡だった毎日の、密やかな楽しみになっていた。
「お待たせしました〜、チーズドリアです」
どうぞ、と差し出してくれて受け取る時、少し触れてしまった手。
ほんのちょっとなのに、ドキッと胸が鳴る。
「ありがとうございます」
「こちらこそ、いつも買っていただきありがとうございます」
「…えっ」
いつもはない一言が付け足されて、思わず顔を見上げた。
「いつも来ていただいてますよね」
「気づいてたんですね、」
「もちろんです。よく来てくださる方は覚えてます」
そうなんだ…!
嬉しいような、恥ずかしいような。
「もしかして、バレたらもう来たくないとか…」
「いえ全然!そんなことないです、むしろ来ます」
「むしろ?」
「あ、いや…その、美味しいので絶対また来ます」
彼は、ありがとうございます、と嬉しそうに笑った。
「今日はいつもより来る時間遅いですよね」
「あ、そうなんです。ちょっと仕事がバタバタしてて、お昼休憩が遅くなっちゃって」
「この近くで働いてらっしゃるんですか?」
「そうです、もうそこの、そこのビルです」
近くのビルを指差す。
「そうなんですね。お疲れ様です」
「ありがとうございます」
なんか…こんなに話したの初めてじゃない?
今まで最低限の会話しかしたことないのに。
もしかして、いつもはお昼時で混んでるけど、今日は時間が遅くて他にお客さんがいないから?
え、だとしたらラッキーすぎる。
せっかくだから、もう少しだけ話したい。
「あの、気になってたこと聞いてもいいですか?」
「はい、なんでしょう」
「お店の名前、なんでスカイ・バルって言うんですか?」
「あー、単純です。僕、名前が空って言うんですよ、だからスカイ・バル」
「なるほど!空…素敵な名前ですね」
「ありがとうございます」
空、ていうんだ、名前。
名前を知れたことに、心の中で密かに喜ぶ。
「あの、僕も聞いていいですか。お名前」
「あっはい、神楽木優花って言います」
「ん?かぐ?」
「かぐらぎ、です。下の名前は優花です」
「ゆうか、はどういう漢字を書くんですか?」
「優しい花で、ゆうかです」
「優しい花。うん、イメージぴったりですね」
空さんがニコッと微笑んだ。
「っ、ありがとうございます」
もう、そんなこと言われたら、ときめいちゃうでしょ!
「あ、すみませんお引き止めしちゃって。ドリア冷めちゃいますよね」
「いえっ、でも、あったかいうちにいただきます」
「ぜひ」
「じゃあ…また」
「はい、また」
お待ちしてます、という言葉に、ペコッと会釈をしてその場を離れた。



