策士な外交官は計画的執愛で契約妻をこの手に堕とす


隣に座る伊織から呼びかけられ、自分でも呆れるような声が出た。名前を呼ばれただけでビクつき声を裏返らせるなんて、いい年をした女が恥ずかしい。

けれど、これからのことを考えると心臓があり得ないほど高速でリズムを刻んでいるのだ。自分でもどうしようもないほどドキドキして、頭が真っ白だった。

「す、すみません。あまりにも緊張して……」

きっと隠したところで、伊織には伝わっているだろう。パリでの夜に男性との交際経験がないことは話しているので、千鶴は素直に内心を打ち明けた。

「ご存知の通り、こういうのは初めてなので……伊織さんをガッカリさせてしまうかもしれません」

情けなさに声が小さくなる。

この結婚は恋愛感情で成り立っているわけではない。千鶴は伊織を想っているけれど、彼はそうではないのだ。

今はそれでもいいと思って千鶴は承諾したし、いつか伊織に自分を好きになってもらえるように頑張るつもりでいる。

千鶴とは違い、伊織はこれまでに多数の恋愛を経験してきているだろう。きっと綺麗で華やかな女性ばかりに違いない。