策士な外交官は計画的執愛で契約妻をこの手に堕とす


伊織が女好きの放蕩息子から千鶴を守るために婚約者のフリをしてくれたのは両親も知っている。けれど、まさか本当に結婚することになるなんて想像もしていないはずだ。驚かせてしまうに違いないし、どう説明したらいいのかもわからない。

それに彼の言葉に頷いたものの、千鶴自身もまだ伊織と結婚するという実感が湧いていない。なんだか、まだ夢の中にいるような心地だった。

だからまずは自分自身の気持ちが落ち着いてから、機会を見て千鶴から両親に説明するつもりでいたのだが――。

「いや、こういうのは時間が勝負だから」

伊織はよくわからない理論で千鶴を言いくるめ、両親の明日の予定を聞いて連絡してほしいと言い置いて帰っていった。

そして翌日。結婚の提案からたった十数時間後に、彼はスーツ姿で千鶴の実家へとやって来たのだ。

半年前のフランスでの出会いや、ここでの再会をドラマチックに伝え、千鶴が自分の運命の女性なのだと甘いマスクと声音で語る。

「千鶴さんの優しさや心の美しさに惹かれ、そばにいたいと思いました。そして、お人好しで危なっかしいところもある彼女を、私が生涯を懸けて守っていきたいんです。急なお話なのは十分承知していますが、千鶴さんとの結婚をお許しいただけないでしょうか」