(どうしよう、言葉がわからないから意思の疎通がとれない……)
もしかして日本酒で酔ってしまったのだろうか。アルコールの匂いはするけれど、足取りや体幹はしっかりしていそうだ。それに目つきや距離感、身体に触れようとしてくる仕草に、なにか別の意図を感じる。
けれど万が一身体の不調を訴えているのだとしたら、早く誰か呼びに行かなくてはならない。
母が通りかからないかと考えたが、個室とトイレはカウンターを挟んだ逆方向のため、女将として個室で客をもてなしている彼女がここへ来る確率は限りなく低い。父や兄は料理に集中しているため言わずもがなだ。
エリックは今日の主賓、フランス大使の息子。決して失礼があってはならない。
(ここは私ひとりでなんとかしなくちゃ)
千鶴はにじり寄る彼の胸をそっと押し返してなんとか笑顔を作ると、水を持ってこようかと提案する。
「もしかして酔ってしまわれましたか? えっと、Shall I bring some water?」
『水はいいよ。それより僕は、君を味見してみたいな。思ってたよりもずっと好みだ。それに、ハジメテの女の子ってそそるよね』



