策士な外交官は計画的執愛で契約妻をこの手に堕とす


「西澤に婚約者がいるなんて、今日初めて知ったぞ」
「こっちに戻ってきてまだ十日なんだから、そんな話をする暇もなかっただろ」
「本当にそれだけか?」

ふたりは探るような視線を伊織に向けている。けれど口元は緩んでいて、どこか楽しんでいる様子だ。

「フランス大使のぼんくら息子となにかあったんじゃないのか? 今日は随分大立ち回りしてるみたいだし、彼女の指輪の存在感はなかなかのものだぞ」

城之内の鋭い指摘に、千鶴は自分の左手の薬指をそっと撫でた。そこには分不相応なほど大きなダイヤモンドのついた指輪がきらめいている。

『サイズが合うといいんだけど』

大使公邸に着く前、ソルシエールを出てすぐに渡された指輪は、エンゲージリングだと一目瞭然のデザインだった。

まさか婚約者役のためにこれほど立派な小道具を用意しているとは思わず、千鶴はおののいた。

けれどこういう細部まできちんとしていないと見抜かれてしまうという伊織の言い分を聞き入れ、値段を考えないように無心で指輪を嵌めている。