策士な外交官は計画的執愛で契約妻をこの手に堕とす


半年前、短い時間の中でも千鶴を魅了してやまなかった伊織が、こちらを見て微笑む。一瞬で彼とフランスで過ごした時間が脳裏に蘇り、心臓が大きく跳ねた。

『これ、お行儀が悪いから外ではしないでねって言われるやつですよね?』
『スカルペッタって言うんだ。皿を拭うほどおいしいっていう意味だし、よっぽど高級店じゃない限り大丈夫』

皿に残ったソースを残すのがもったいないと零した千鶴に、彼は一緒になってソースをパンにつけて頬張った。

穏やかで大人っぽい外見とは裏腹にイタズラっぽく笑う彼に胸をときめかせ、初めての恋を自覚したあの夜の記憶。

伊織にとって観光に来た日本人を助けるのは、仕事の延長のようなものだったのかもしれない。けれど千鶴にとっては、半年経った今でも忘れられない大切な思い出だ。当時を思い返すと、心の奥が切なく疼く。

(……いけない、今は目の前のお客様に集中しなくちゃ)

千鶴は半年前のフランスから思考を切り離す。

「ほんのり甘みがあって、上品な味わいですよ。お選びいただいた日本酒にも合いますので、どうぞお楽しみください」