策士な外交官は計画的執愛で契約妻をこの手に堕とす


ホテルまでの車内でも、伊織は一切態度を変えなかった。まるで何事もなかったかのように話してくれたし、千鶴もそれに相槌を打った。

(それを残念に感じるだなんて、私は西澤さんにどうしてほしかったんだろう……)

十分ほどでホテルの正面玄関に到着すると、千鶴だけタクシーを降りる。

「じゃあ気を付けて。今日一日、すごく楽しかった」
「私もです。あの、私、赤坂にある『ひだか』という料亭で働いているんです。もしも日本に帰ることがあれば、ぜひ寄ってください」

伊織が日本に帰る予定があるのか、外交官とはどのくらい海外で仕事をするものなのか、千鶴はなにも知らない。

けれど、言わずにはいられなかった。もう一度会える奇跡の糸を、少しでも繋げておきたかった。

未練がましいと思う。それでも、千鶴は伝えた。

「お店に来てくだされば、今度こそお礼をします」
「ありがとう。必ず行くから、待ってて」

社交辞令でもいい。伊織がそう笑って約束してくれたのが嬉しくて、千鶴は笑顔で頷いた。

まさかその約束が、彼と偽りの婚約をすることになるとは思いもしなかった。