(でも、さすがに騙されやすいって言われる私でも、そんなことあるはずないってわかってる)
見た目も性格も極上の彼が、平凡を絵に書いたような千鶴に惹かれるはずがない。
これまで交際経験が一度もないと話してしまったから、もしかしたら同情してくれたのだろうか。それとも、元々〝お持ち帰り〟するつもりで食事に誘ったのだろうか。
どちらにしろ、彼を責めるつもりはない。
伊織の目に少しでも女性として魅力的に映ったのなら素直に嬉しいし、千鶴もまた、もっと彼を知りたい衝動に駆られていた。
このまま千鶴が頷けば、伊織はスマートにことを運ぶだろう。どこか素敵なホテルをとって、パリの夜景を見下ろしながら甘い言葉と手管で千鶴を蕩かせてくれる。
忘れられない夜になるだろうし、凝り固まった恋愛観を断ち切るチャンスでもある。伊織ほど素敵な男性に求めてもらえるなんて、きっと二度とない。同情だろうがなんだろうが、初めてこんなにも好きだと思えた人に抱いてもらえるのだ。
彼の誘いにのる理由は、考えれば考えるほどたくさんある。それなのに千鶴は微動だにせず、口をきゅっと結んだまま立ち尽くしている。
今にも頷いてしまいそうな衝動に抗っているのは、やはり理想の結婚を諦めきれないからだ。



